瓢箪を細長く引き伸ばしたような形の薄い木べらで掬ったアイスクリームを差し出すと当たり前のような顔をしてパクつく。
それからやっぱり当たり前の顔をして自分の食べかけの氷菓を差し出す。
汗ばむソーダ色の角に齧りつき、
( ガリッ)
緑が揺れる公園を通りぬけ、子供たちが駆け回る小学校の校庭の横を掠め、長身とやや小柄な二人の少年が歩いていく。
フェンス越しの校庭では色とりどりの私服姿でボールを奪い合う小学生が見えた。ポジションにこだわらず夢中で走り、必死に拾ったサッカーボールを力まかせに蹴り上げる。弧を描いて着地したボールはバウンドしてコートを飛び出した。ボールを拾いに向かった一人を除いて子供達は足を止める。
ゲームを再開するまでの寸暇に屈み込む者、シャツの裾を引っ張って腹に風を送る者。
いつの間にか立ち止まっていたことに気づいた二人はゲーム再開を待たずに歩き出す。
校舎の外観は思い出よりも鮮やかさを失ったように見えたけれど、十近く年の離れた後輩たちは残暑の日差しにも負けずはしゃぎまわっていた。
小柄な―と言っても平均よりやや低い程度だが、長身の連れと並ぶと小さく見えた―少年、逢沢駆が隣を軽く見上げる。
「女の子混じってたね」
反対に長身の少年、日比野光一はやや見下ろす形になった。
「いたか?気付かなかった。」
二人とも白い半袖シャツの肩にスポーツバッグを斜め掛けした姿だが、着ている制服は別々の学校のものだ。
幼い頃に同じ校庭を駆け回った二人は、今は別の高校へ通っている。
「いたよ、一人だけ。水色のTシャツ着てた。」
「へえ、美島みたいだな。」
「懐かしいよね。」
男子ばかりの中に一人だけ女子を混ぜてサッカーをしていたことがある。
二人がまだ同じチームにいた小学生の頃、駆は今やなでしこジャパンのアイドルとなった幼馴染とツートップを組んでいた。日比野はディフェンダー、そして10番を背負った駆の兄がみんなを導いていた。
もう随分前のことだけれど、今も鮮明に思い出せる。頼もしい後ろ姿や厳しいパス、鋭い声と勝った後に肩を組んで喜び合った腕の重み。
楽しい記憶を掘り起こすと同時に言葉が途切れる。
思い出の中心にいた駆の兄は数年前に他界していた。
二十数センチ上から見る駆はやや俯き加減で表情が読めない。けれど、感傷的な沈黙に日比野は口を尖らせた。
日比野にとっても駆の兄は憧れで大きな存在だったけれど、こうやって駆が兄との思い出に潜り込んでいる時間は面白くなかった。
一人先に懐古から抜け出して辺りを見渡し話題を探した。
「あ」
信号の向うにガラス張りの店舗が見える。
「コンビニ寄ろうぜ。」
顔を上げた駆はもういつも通りの表情をしていた。
アイスクリームのストッカーを覗き込むと、まず今夏発売の少々贅沢な見た目と値段のカップアイスが目に入る。次に定番の青いパッケージの氷菓や質より量をウリにした大きめのバニラカップ。暑い中を歩いてきたので喉が乾き、氷菓に手が伸びそうになったところで果物の果肉入りのカップアイスが目に留まる。
空腹の時に買い物に出ると必要以上に食品を買い込んでしまうのと同じで、暑さを引きずりながらアイスを選ぼうとするとあれもこれも美味しそうに見えてしまう。
なかなか一つを選べずにいる駆の横から伸びた手が果物のカップアイスを取った。
「先にレジしてくるからな。」
そう言ってレジへ向かう日比野とストッカーを見比べ、駆はソーダ味の氷菓を取って日比野を追い駆けた。
店を出ると日差しが一段と強くなったように感じた。
コンビニから五分ほどのところに神社の入り口がある。
石段を登ったところにある境内は生い茂った樹木で夏でも日陰が多くて涼しかった。涼しい場所ならば他にもあったけれど、駆が行こうと言い出したのに日比野も反対しなかった。
幼い頃に駆け上った石段を歩いて登り、一番上の段に並んで腰掛けアイスを開ける。汗だくで含む一口目は格別だった。
「これなら二個買っても良かったかな。」
言ってソーダアイスをもう一口齧る。外側からゆるくなっていくカップアイスをつついていた日比野はニヤリと笑った。
「お前、そんなこと言って欲張って食べて頭キーンってなってたよな。」
「それ日比野でしょ?」
「駆もだって。」
小学校の頃、どちらが先かは定かではないがアイスを二本も買った友人が羨ましくて同じようにし、溶けないうちにと急いで食べた結果ふたり仲良く頭を押さえてのた打ち回る羽目になった。
一本を大事に食べる兄には怒られ、幼馴染には呆れられた。
結局早食いは成功せず、二本目を食べている途中でベタベタになった手を境内の脇にある蛇口で洗った。
そこでも順に洗えばいいものを、先に駆が洗っている横へ日比野が押入り、喧嘩未満の諍いをしてびしょ濡れになって兄に拳骨をもらった。
昔は練習帰りにこの神社へ寄り道して四人で試合に向けた作戦会議をしたりジャンケンをしながら石段を下って日暮れギリギリまで遊んだものだ。
しかし、幼馴染の美島奈々の引っ越しや日比野の怪我等の事情が重なって、いつか駆と兄の傑さえもあまりここへ来なくなってしまった。
「おい、溶けるぞ。」
日比野の声で手元のアイスを見れば淡青の雫が柄に伝っている。慌てて舐めとった。視線を感じて顔を上げると日比野と目が合い、すぐに視線が外された。
自分の買ったカップアイスを突付く日比野の手元を眺めていると、物欲しそうに見えたのだろうか、チェリーの欠片が混じったバニラアイスを乗せた木べらが差し出された。
「ほら、味見。」
赤い果肉の混じるバニラと日比野を見比べて頷く。
「…うん。」
駆は少しだけ躊躇ってから口をつけた。小さな木べらに乗る僅かなアイスはすぐに口の中で溶けて消え、残ったチェリーの欠片を奥歯で噛みしめる。
「やっぱりこっちにすれば良かったかな。」
「もう一口やろうか。」
今度はパインの欠片だった。短い木べらでは手と口が近くて餌づけされる犬のようだ。
そんなに嬉しそうな顔をしていたのか二口目の果肉を口の中で転がしている間に三口目がスタンバイしていて結局五口も貰ってしまった。
「あ、日比野も食べる?」
お返しに、と側面がじっとりしたアイスを横にして差し出す。縦に持つとすぐに手が汚れてしまう。案の定、溶けた雫がポタポタと石段に落ちた。
柄を渡そうとして平べったい木の棒を浅く持ち直した、けれど、その手に手を重ねるようにして掴まれ身を乗り出してきた日比野の口に誘導される。
( ガリッ)
大きな一口。手はすぐに開放された。
ソーダ味のかき氷を板状に固めたようなアイスを半分も齧りとった日比野の頬が盛んに動く。そして何度かシャクシャクやった後眉間にシワを作って片手で片方のこめかみを押さえた、その理由を察してから二秒ほど遅れて笑いが込み上げてきた。
指に引っ掛けたコンビニ袋の中であまり興味のないアイスクリームが揺れる。
別にアイスクリームでなくてもよかった。駆が黙って俯くのを止められるなら。
その時ちょうど良くコンビニがあって、今日は暑くて、鞄の中には飲みかけのペットボトルが残っていたから。
理由なんかそれっきりだ。
フルーツシャーベットよりもソフトクリームよりも、アイスクリーム売り場で真剣に悩む駆の後ろ姿に興味があった。
おやつやファミレスのメニューを選ぶのに時間がかかるのは昔からだ。よく知っている幼い頃と変わらない一面を見つけると嬉しくなる。
視線の先には昔からよく食べていた氷菓とバニラベースのフルーツアイスがあった。
小さな頃にも二択で悩んでみんなに置いていかれ、そして
(兄ちゃんと半分こするんだ!)
口一杯に含んだ氷菓を噛み締めると冷たさが奥歯から頭の芯まで響く。熱い体の中で顎だけが冷たい。
それが和らぐのを待って僅かに氷の粒が残る液を飲み込むと、今度は体の芯がひやり冷えるようだ。
日比野が坊主頭のこめかみを押さえながらぎゅっと瞑った目をゆっくり開くと笑い転げる駆の手元で水色の塊がゆっくり落ちた。
「あ。」
三センチほど残っていた氷菓が石段の上でゆっくり溶けて染みを作った。
「やっちゃった。」
「悪い、食べ過ぎた。」
「ホントだよ!」
駆はべたべたになった手を振る。それで雫が吹き飛ぶわけでも充分に乾くわけでもないけれど。
「残り、食べるか?」
四分の一もなくなったカップを見せるが駆は首を振った。
「手、洗ってくる。」
敷地の奥へと歩いていく駆を見送りながらカップの縁に口をつけて残りのアイスクリームを掻き込んだ。
あまり使われていないらしい蛇口は栓を捻ってもなかなか水が出て来なかった。
ついつい全開にして数秒経って水が出始めると、今度は竹ぼうきの穂みたいな水が飛沫を撒き散らすので焦って栓を回した。
「何やってんだよ」
振り向くとにやけた顔をした日比野がいた。拗ねた表情を作るといよいよ楽しそうな顔で言う。
「足元濡れてるぞ」
「すぐ乾くからいいもん」
細めてもまだきれいな線にならない水に両手をさらすとひんやりして気持ちが良い。
ゆっくり手の手の平を擦り合わせていると横から乾いた手が割り込んできた。
「つっめてー!」
蛇口の真下で水を受けた日比野が歓喜の声を上げた。
「日比野の手は汚れてないだろ」
手の甲で押し返すと日比野もまた押し返してくる。
「いいじゃん、涼んでんだよ。」
じきに押し合いは水の掛け合いに変わり、顔や腕に飛沫が飛んだ。
ムキになって蛇口の半分を指で塞ぐとスプリンクラーみたいに水がまき散らされ、日比野は勿論駆自身の前髪も濡れて額に張り付いた。
二人ごと神社を包む木々のどこかで蝉が鳴いていた。
「これ、昔もやったよね。」
前髪を掻き上げながら駆がポツリ。
「やって傑さんに怒られたよな。」
日比野は犬みたいに毛の短い頭を振って両手で顔を拭う。
濡れたシャツが肌に張り付いていた。
「さっき、」
固く栓を締めた蛇口から未練たらしくポタポタ滴る水滴を見つめながら駆が言う。
「アイス貰ったときにさ、ちょっと変な感じがしたんだよね。理由、分かった。」
髪から伝った雫が頬を滑り落ちる。片腕で拭う。
「小さい頃はよく兄ちゃんとアイス半分こしてたけど、日比野と食べっこは多分初めてだ。昔はあんなに一緒に遊んでたのに意外だよね。」
ゆるく笑って顔を上げる。
けれど、日比野はニヤリともニコリともせず、口を引き結んでいた。
「変な感じって何だよ。」
特別怒っているような声音ではなかったけれど責められているように感じて僅かに肩を竦める。
「何って…」
「例えば、緊張…とか。」
濡れた手の平が迫る、咄嗟に目を閉じるとその上に更に蓋をするように、目を覆われる。
その瞬間、これから何が起こるか予想した。妙な確信があった。
それでも駆は動けなかった。
両まぶたに触れている手には拘束力なんかないのに。
口の端がヒヤリとした。
日比野の体温はもっとずっと温かいと思っていた。
(アイスのせいだ)
それはほんの一瞬のことで、目隠しの手が離れると同時に日比野は背を向け黙って石段を下っていった。
駆はその足音や鞄を担いだ時の音、遠のく気配をしゃがみ込んだ低い位置で観察した。
そしてゆっくり立ち上がってアイスを食べていた石段の上に戻ると、落としたアイスが完全に溶けて小さな水たまりとなっていた。