うちの大将がいいならそれで/さまじろ/7128

 そういや最近アイツ付き合いが悪いなって話してたんだ。ついにカノジョでも出来たんじゃねーかって。でもアイツにコナかけてくる女といえば男をファッションの一部にしか思ってないクソ女や五股修羅場中で「守ってくれる人が好き」なんて言うクソ女や、「手玉に取りやすそうだから狙ってる」と話した友人にあっさり裏切られ、俺らにチクられた人望のないクソ女。とにかくロクな奴がいないから俺たちが牽制しているし、アイツがそれらしい女と歩いてるところを見たって話も聞かない。バイクの維持費や兄ちゃんの誕生日プレゼントのために金がないってぼやいてるからバイトでも始めたのかと思ってた。
 バイト。バイトの可能性も辛うじて残っているんじゃないだろうか。萬屋として何か手伝ってるとか。
 だっておかしいだろう。アイツはイケブクロディビジョンの代表、あの山田一郎を崇拝する弟。それが朝からヨコハマにいて、よりによって兄貴の宿敵である碧棺左馬刻と一緒にコンビニで買い物だなんて。
 他に誰かが一緒で遣いっぱしらされてるのかとも思ったが、レジに乗っているのは二人分の飯と飲み物。左馬刻が気前よく札を出した横で財布を開いて小銭を出す姿がどうにも仲睦まじく見える。かく言う俺も合コンでひっかけた女の子の家に泊まった帰りなわけだが、昨夜は同じようにコンビニに寄って買い物をして、俺が彼女分まで払おうとすると彼女も財布を開いてくれたわけで。男より女の方が金を持っていると言っても女の子だって気前のいい男の方が好きに決まってる。バイトもしていて金はあるし見栄を張りたいのが男心ってもんだろう。
 話が逸れた。とにかく、今レジで会計中の二人はどう見ても二人きりで行動していて、喧嘩腰でもなく、そして距離が近い。
 友達同士で買い物すると大体個別に会計するが、一緒に支払ったとしても釣銭が渡されるまで横で待っていたりしない。袋を手渡されたら先に出口に向かって外で待っていることが多い。そもそも碧棺左馬刻がアイツをパシらせてるならまだしも、完全に会計が終わるまでぴったり側にいるのは違和感がある。
 百万歩譲ってアイツが左馬刻に憧れていたとしよう。最近だって毎日飽きもせず兄貴の話ばっかりで宗旨替えした気配もないが、左馬刻は昔は一郎さんとチームを組んでいたほどの男だ。今だってヨコハマのリーダーを務めている実力者で、ヨコハマの不良の中には憧れているヤツも少なくない。だから何かの奇跡でそういうこともあるかもしれない。だが、左馬刻がアイツを気に入る理由なんてないだろう。考えられる可能性としては、一郎さんへの嫌がらせに弟を手懐けている説。
 うーん、しっくりこない。あの有名な碧棺左馬刻がそんなセコい男だったら幻滅してしまう。それにアイツだってバカじゃない。ちょとやそっとの甘言で兄貴の天敵に靡くだろうか。
 のど飴一袋だけ買いに立ち寄ったコンビニの菓子コーナーの陰から二人の様子を確認するのが忙しくて動けない。見ていたことをアイツにバレるわけにもいかない。このまま二人が店を出るまでここにいるしかないか、と思われた。
「買い忘れ思い出した」
 ぼそりと左馬刻が呟いて会計を中断させるとこっち側に歩いてくる。ヤバい。慌てて真剣に菓子を選ぶ人のフリをして棚に張り付いた。アイツはレジで待っているし、左馬刻は俺の顔なんか知らないから素通りだ。一つ向こうの売り場で何かをとって左馬刻はレジに戻った。
「……おま、今買わなくてもいいだろ!?」
「後回しにすっとまた忘れんだろうが」
 なんだなんだ。何を騒いでいるんだ。またそっと棚の角から、店員が追加で袋詰めしている何かを確認した。何か、紙袋に入れている。箱。
「……………」
 遠目にもそれが何かわかる。かく言う俺も昨夜それを使ったからである。人気メーカーのシリーズの中で一番薄い奴だ。それ、いいよな。いや俺は男相手には使ったことねぇけど。
 恥ずかしそうな顔で荷物を持って、わざとらしくゆったり歩く左馬刻を追い立てながらせかせか店を出ていった友人を見送ってから三分ほど店内で立ち尽くし、目的ののど飴を買い忘れて手ぶらで店を出た。一人ではどうしていいかもわからなかった。
 これは事件だ。

「言っていい冗談と悪い冗談がある」
「冗談じゃねぇよぉ!こんな冗談言うわけねぇだろ!?」
 ツーブロック、ドレッド、坊主にキャップ、剃り込み、時代気にせずリーゼント。学ランを着崩しヤンチャしてますと言わんばかりの不良少年たちが膝を突き合わせて深刻な面持ちで仲間の報告を聞いている。彼らの大将、この学校の不良の頂点に立つ男は今日は不在だ。進級をかけた補習中だから教室を出られない。
 ヨコハマで見た一件を自分の胸にしまっておけなかったアッパーショートが半泣きで訴える。元から嘘をつく男じゃないことは仲間たちもわかっていた。となれば、喧嘩自慢の男たちが蝶よ花よと大事にしてきた山田二郎は本当にヤクザ男と付き合っていることになる。にわかに信じられない。信じたくない。
 みんな受け止めかねている中、フレームレスの眼鏡を押し上げたツーブロックが鋭い眼光で言った。
「二郎の奴、騙されてんじゃねぇか?」
「碧棺左馬刻にかよ……」
「この間も二郎のヤツ、浮気相手に追っかけられてる女にストーカー退治してくれとかなんとか騙されかけたじゃねーか」
「アイツ女の言うことあんま疑わねぇんだよなぁ」
「女馴れしてねぇからな」
 それというのも寄ってくる女を厳しくチェックしてそれとなく遠ざけている彼らのせいだが、誰もそのことについては突っ込まなかった。
「でも碧棺は男だぜ。アイツ勉強はからっきしだが人を見る目は確かだろう?」
 リーゼントが仲間たちの顔を一周見渡すと、ツーブロックも唸って口を閉じた。ここにいるのはかつては二郎と拳を交え、ライムを刻み、お互いを認め合った仲間たちだ。実力、人格共に信頼できるヤツしかいない。二郎は顔は広いが、誰でも傍に置くわけじゃない。
「碧棺……MC Mr.Hcか……」
 ブクロの男子高生が知る碧棺左馬刻といえばディビジョン代表としてテレビに映るラッパーとしての顔だけ。昔は山田一郎らとステージに立っていたらしいが、現在高校生の彼らがその生のステージを見たことはない。
「実力は折り紙付き、だな」
「そういやテメェ、万が一二郎が男とデキたとしても強いヤツじゃなきゃ認めねぇとか言ってたっけな」
「確かにテメェより強い男に違いねぇや」
「ははは」
 乾いた笑いがこぼれる。随分前にカノジョが欲しいとぼやいた二郎に対し、女がダメなら男って手もあるぜと軽口を叩いたのは確かだ。「兄ちゃんよりいい男がいたらな」とその気のなさそうな返事だったから、男に興味はないんだとばっかり思っていた。
 別に、二郎が惚れ込んだ相手が同性だとしても問題はない。今どき同性愛を揶揄う奴なんか頭の固いジジイぐらいだ。
 女の根城である中王区の存在によって壁の内外の男女比は偏りがある。壁の外は男の方が圧倒的に多く、共学校でも男子校同然だったりする。お陰で男同士付き合っているって話は珍しくなかった。外で手を繋いで歩くようなカップルは滅多にいないにせよ、男友達に彼氏がいたとわかっても取り立てて騒ぐことじゃない。噂では中王区には女性同士のカップルが当たり前にいると聞くし。
 二郎が男と付き合おうが女と付き合おうが、それ自体はいいのだ。ただ、自分たちのリーダーがつまらない人間に引っかかって欲しくないという、それだけのこと。
 その点では碧棺左馬刻より強い男なんかそうそういない。ここにいる誰も、恐らく二郎だって敵わない。強さで認めるかどうか決めようって話ならばぐぅの音も出なかった。
「それにしてもヤクザもんかよ。ヤバいことに巻き込まれるんじゃねぇだろうな?」
「大昔みたいに拳銃持ってるわけじゃあるまいし、ヒプノシスマイク持ってりゃ二郎の方が強いんじゃね?」
「一対一ならそりゃそうだろうが、碧棺の買った恨みがアイツに向いたら何があるかわかんねぇだろ」
「ガキの喧嘩で済まない話は俺らを巻き込まねぇよう黙ってやがるからな、二郎のヤツ。水くせぇ」
「俺らもヒプノシスマイクを扱えるだけの実力がありゃ力になれるのによぉ」
「……前にもあったな。事件絡みで情報くれって連絡寄越したから手伝うって言ったのに断りやがって」
 思い出した事件では二郎自身が大怪我を負うことはなかったし、事情は後日説明された。話を聞く限りでは、二郎の判断した通り、ガキが束になって向かっても役には立たなかっただろう。納得はしたが、二郎が一人で闘ったという話を聞けば悔しさは残る。
 二郎はこの学校で一番強い男だが、学校の中だけで幅を利かせている不良とは違う。テリトリーバトル出場前からイケブクロディビジョンの不良でその名を知らないヤツはいなかった。一緒に屯っている仲間だろうと、彼の活動のすべては知らない。知ったとしても、日常を一歩外れたところではついて行っても足手まといになる可能性だってある。
 テリトリーバトルが始まって有名なMC達との横繋がりが出来るごと、二郎自身がMCとして成長するごとにそういった傾向は強くなっていた。
「ちゅーか二郎のヤツってヤクザになんの?」
 軽い調子で剃り込みが話を振ると、めいめいに顔を見合わせて首を振った。
「ないな」
「一郎さんの手伝いするって言ってたしならねぇだろ」
「でもウチの先輩にもヤクザになった人はいるし順当かもしれねぇな」
「それと付き合うかどうかって別じゃねぇか?」
 付き合う。その単語が飛び出たことで進路の話じゃなく恋愛云々の話をしていたことを思い出した。これは二郎自身がヤクザになるんじゃなく、ヤクザの女にされてるんじゃないかという話なのだ。
 二人で買い物していたという話を聞いてもまだ信じたくないツーブロックは小馬鹿にする顔でアッパーショートを指さす。
「……つーか、お前の勘違いってことねぇのかよ?一緒に買い物してただけなら付き合ってるとは限ンねぇだろ?」
「そうだな、舎弟扱いされてンのかもしれねぇし」
「そうそう、テリトリーバトルで顔見知りだからたまたま会っただけって可能性も捨てきれねぇよな」
 現場を目撃したアッパーショートがその場で考え、結果的に打ち捨てたいくつもの可能性をあげ連ねて疑われる。うんうん、そう思う気持ちはよくわかるぞ。同情顔で深く頷いた後、アッパーショートは言いづらそうに視線を彷徨わせ、仲間の誰の顔も見ることなく、それまで黙っていた事実を告げる。
「いや、だって…………イチャイチャしながらゴム買ってたし」
 絶句。声にならない雄叫び。曇天の屋上で男たちは頭を抱えた。付き合うとはそういうことだ。わかっちゃいたけど敢えて具体的に考えずにいたことだ。
 無言のうちにそれぞれが煙草を取り出して気持ちの整理をつけるために火をつけた。どこにもやれない気持ちに向けて焚き上げる線香みたいに幾筋もの紫煙が立ちのぼる。
 無言のひと時を外周で汗を流す運動部の掛け声が埋めた。
 早い者が半分も灰にした頃、坊主キャップがポツリと言った。
「…………ゴム買ってたっつーことは、つまりそういうことだよな」
「言うなよ」
「アイツどっちなんだろうな」
「やめろって」
 思っても言わなけりゃいいことをわざわざ口にしてくれるな、と。
 下世話な想像を心で詫びながらも気になる気持ちは理屈じゃない。二郎は高身長のわりに体は薄っぺらくて服でガードされた下の肌は健康的に白い。兄弟そろって整った顔をしているが、兄や弟と似ない目元の艶っぽさときたら。年相応にやんちゃで騒がしい内面とちぐはぐな色気がある。
 碧棺左馬刻がこれに懐かれてまんざらでない気持ちもわかる。兄の一郎と街中で鉢合わせた時なんか見えない尻尾を千切れんばかりに振って、立ち話だけして別れた途端に人懐っこい犬からブクロの番犬様に戻る。山田一郎だって兄弟じゃなければこんなに懐かれて血迷ったかもしれない。今まさに血迷いそうな心を自制心でなんとかしている取り巻き達はそう思う。
 場の空気がいかがわしい妄想で色づいてくると、リーゼントがひときわ低い声を出した。
「オイ……、うちの大将で不埒なこと考えてる輩は、いねぇよなぁ?」
 漢として二郎を深く尊敬している男だった。右から左へ一人ずつ睨むと、途中目が合った一人が眦を吊り上げる。
「おいテメェ、自分だけが真剣に心配してますみたいな顔してんじゃねぇぞ?」
「俺ははなっから心配なんぞしてねぇよ。アイツを信じてっからなぁ?」
「気に入らねぇ目しやがって。テメェだってショック受けてただろうがよ?!」
 煙草がコンクリートの床に投げ捨てられたのをゴング代わりにして身を乗り出した二人が胸ぐらを掴みあう。呆れて見物に回る者、囃し立てて殴り合いを煽る者。
「二人とも落ち着けよ。な?」
 平和主義のアッパーショートが仲裁に入ろうとするが、額の距離3センチまで迫っていた二人はすっかり喧嘩のテンションだ。割り込むヤツも全員潰す。
「元はと言えばテメェがくだらねぇ情報持ってきたのが悪ぃんじゃねぇかよ」
「人のプライベートじろじろ観察して面白おかしく喋りやがって、クソ女みてぇなことしやがるよなぁ?」
「いやいやいや、今更そういうこと言う?あーもしかしてハマの女の子と朝帰りしてきたの僻んでんの?」
「あ゛ぁ?!テメェの話なんかどうでもいいわ!」
「モテないヤツは必死で可哀想だよなぁ」
「もう勘弁ならねぇ。テメェから潰してやんよ」
 所詮は喧嘩をライフワークに生きている男の唱える平和主義。自分が絡まれた途端に仲裁を挑発に変えて平和はコンクリートに投げ捨てた。
 三つ巴に発展していよいよ拳で殴り合うかラップで殴り合うか。立ち上がって絡む視線の真ん中で火花が散り――――。

 ガチャ。
「おーっす。やっと補習終わったわ。聞いてくれよー。クソ崎の野郎、俺だけプリント多くしやがって……ん、どうした?」
 金属のドアノブを回して屋上階段室の扉が開く。いつものキャップからはみ出た襟足を片手で掻きながら登場したのはヤクザとの交際をフライデーされた話題のアイツ。
「いや、なんでもないよ」
 コンクリートの上でまだ火が付いているタバコを踏みつけて真っ先にアッパーショートが手を振った。今日一日複雑な思いで二郎のことを見ていたから動揺で顔が見れないなんてことはない。
 一拍遅れて他の仲間たちも表面を取り繕うことに成功した。
「補習お疲れさん。気晴らしにゲーセンでも行くか?」
「そうだなー」
「脳みそ使うと糖分欲しいだろ。飴やるよ」
「おう」
 二郎は床に座ったままの二人に適当に返事をして、突っ立っているリーゼント達に目をやる。
「お前ら喧嘩かぁ?」
「違うってば。な?な?」
 素早く仲裁役に戻ったアッパーショートの必死の目配せで二人も動きの悪い首を縦に振った。
「……ちょっとな、北高の連中が調子こいてるらしいから様子でも見て来ようかと」
「そう、そういうことだよ。大したことじゃねぇよ」
「北?あそこは頭がパクられてから静かだったろ。代理で仕切ってるヤツは穏健派だしよ」
「いや、ほら、それに納得してねぇバカどもが騒いでんだよ、な」
「あ、ああ、多分な」
「ふーん。なら一緒に行くわ」
「いいって、お前の出る幕じゃねぇよ」
「出る幕も何も、俺も最近あっちの様子見てなかったしさ」
 こんな時にやる気を出さないで欲しい。いつもなら静かにしていてくれることに越したことはない他校の連中だが、今日ばかりは馬鹿騒ぎしていてくれるよう祈った。もしくは二郎の気が変わることを。その祈りを雲の向こうに鎮座するお天道様は見ていた。
 二郎の携帯が鳴る。制服のポケットから取り出して表示名を確認すると怠そうにしていたタレ目が心なしか輝く。みんながそれとなく視線を向ける中、仲間から離れて階段室の近くで電話をとった。壁に向かって話し始める。
「…………ん、まだ学校。……ルーチェの鍵?あー、確か事務所持ってってたろ。……なんでまた持って帰って来てんだよ。洗面所とか、洗濯機の中見たか?……ふざけんな、こないだ鍵とか細かいもんはカウンターの灰皿に入れとくってことにしただろうが!……今からかよ?そっち行くのにどんだけ時間かかると思ってんだ。……そっちの都合の話はしてねぇよ!俺の労力の話だっつー……え、マジで?仕方ねーなぁ」
 電話相手に文句を飛ばしながらも声はどこか楽しそうに聞こえる。兄相手ならもっと柔らかく話すし、弟相手だともう少し雑だ。電話の相手は兄弟じゃない。
 通話を終えると二郎は仲間たちを片手で拝んでさっき来たばかりの屋上出口に向かった。
「悪ぃ!これから用が出来たからさっきの行けねーや。またな!」
 何の用事なんだ。どこへ行くんだ。相手はやっぱりアレなのか。何も訊けないうちに扉は閉まり、しばらくすると屋上の端から見下ろせる位置にある駐輪場から青いバイクが学校の敷地を飛び出していった。
 サビの浮いた手すりに肘をついてそれを見送っていた一人がすすけた背中で言う。
「楽しそうじゃねぇか」
 思い起こせば最近急用で帰っていくときは毎回こんな調子だった気がする。兄弟の呼び出しなら「兄ちゃんが」「三郎が」と説明していくクセに、“誰か”からの呼び出しの時は用事の概要も告げずに帰っていく。面倒くさそうなポーズをしても本気で嫌そうだったことなんか一度もない。
 ガラの悪い小姑たちは渦巻く様々な思いの勢いを殺がれ、二本目の煙草を取り出す者はなく、そのうち誰かの「ゲーセンでも行くか」で屋上を後にした。