ここはとある日のカードショップ。ディスプレイラックにずらりと背丈揃えて並んだカード。その目の前に背丈不揃いの兄弟が三人。一番長身の長兄を挟んで三男坊と次男坊。
「本当にここにあるんだろうな?」
「ああ、間違いねーって。詳しいダチが言ってたんだよ」
ここへ連れてきた二郎が胸を張る。その隣でショーケース入りのカードにつけられた値札をみていた一郎が眉を顰めた。小さな紙きれにゲーム上の設定が書かれたものが一番高価な紙幣より高い値段で売られている。そういうものだとは知りつつも、まだ中学生の弟が買うことを思うと少し心配になる。
「でもそのナントカってカード、すげー高いんだろ?三郎の小遣いで足りるのか?」
「大丈夫ですいち兄!こんな時のためにちゃんと貯金してましたから!二郎と違って」
「一々引き合いに出してくんな!」
二郎が吠えるが兄を挟んだ向こう側の三郎は聞こえませんでしたという顔で力強い笑顔を浮かべ、
「それにもし足りなかったら二郎に積年の借りを返させます!」
「はぁ?いつ俺がテメェに借り作ったよ?」
「二郎…そんな記憶力のなさでよく人間社会で生きていけるな」
「じゃあ言ってみろよ!?」
「テストの追試対策とか」
口調によどみない弟に食い気味に食らいついていた二郎の勢いが一瞬殺がれた。その一瞬に一郎の目が二郎に向く。
「……アレはその都度ラーメン食わせてやってるだろ?!」
「二郎、追試っていつの追試だ?」
「なんでもないよ兄ちゃん!」
まだ怒っていないフラットな兄に過剰反応なほど素早く返したが敵は黙らなかった。二郎の代わりにハキハキ答える。
「去年から今年の定期考査です。追試三回までで合格しないと進級に響くそうで」
「三郎!!!!」
怒鳴ったって生意気な末弟は堪える様子がない。それどころか追い打ちをかけてこようと口を開く。しかしその前に一郎が手のひらを左右にいる弟たちに向け遮った。深い深いため息が漏れる。
「はぁ……二郎、兄弟助け合ってるのはいいが、兄ちゃんにも報告してくれよ。頑張ってダメだったなら怒らないし、俺も少しは勉強教えてやれるからな」
「兄ちゃん……!」
この際高校生の二郎が中学生の三郎にテスト勉強を頼ったことは問題ではない。一郎も学生の頃は真面目な生徒ではなかったし、二郎にはちゃんと卒業するよう言っているものの、この件についてはあまり大きな顔ができない。それに勉強が苦手でも二郎には二郎の長所がある。そう優しく声をかける一郎から後光が差していたと、後に二郎は語る。一方の三郎は面白くない。忌々しさを舌打ちに包み込んで吐き捨て無理やり話を戻す。
「チッ。……あと牛蒡事件とか」
二郎に貸しを作った記憶、それすなわち二郎の失態の記憶である。牛蒡事件とは、ごく最近、夕飯の買い出し当番にまつわる思い出。
「はぁ?!あれだって三郎がわざわざ漢字でメモ書くのが悪いんだろ?!ひらがなでゴボウって書けよ!」
「これだから低脳は。結局僕が買いに行ったんだから貸しに決まってるだろ」
「うっせぇ!お前だって夕飯の牛すき焼き美味そうに食ってただろ?!」
弟たちを放っておくとすぐヒートアップする。店内に客はそう多くないが店員の目も気になる。
「おいお前ら、店内だぞ。騒いだら他の客や店員に迷惑だ」
「ごめんなさい、いち兄…すぐ探します!」
即座に掴みかかろうとしていた二郎の手を叩き落として謝った三郎がショーケースに目を戻す。特別高価なカードは鍵のかかったケースの中だ。今度こそ兄の向こう側で睨んでくる二郎を無視してケースの中を覗き込み、
「………あった!」
「なー、ほんとに全部売っちゃうのかよぉ?」
もう何度目かわからない。一緒に家を出てからここまで来て、カウンターで店員に買取査定を頼む間も同じセリフを繰り返していた。惜しむ割に口調は呑気そのものだ。
「うるさいな、もういいんだよ」
もういい。独歩は自分にそう言い聞かせる。だって昨日まで家のどこにしまったかも忘れていたカードたちだ。昔は唯一の親友以外相手もいないのに熱心にカード集めして漫画や雑誌を参考にデッキを組み上げていたのに。大量のカードの大半は実家に置いてきたが、大事にしていたデッキは一人暮らしの際になんとなく持って来てしまってあった。部屋の引き出しの奥深くにしまってあるだけ。見ることもない、まして使うこともない。そのカードゲーム“クロスバトリア”のオンラインゲームが配信されてからはネット対戦にハマっていた時期もあるが、しまい込んだ実物のカードを手に取ることはしなかった。厚みもない、ホログラム加工もないスマフォの画面でカードを選んでフリック、タップ。そのうち味気無さを感じるようになってゲームアプリも放置してしまった。
大体、次に誕生日が来れば三十路。三十路男にカードゲームなんか似合わない。そう思ったから実家の親も親戚の子供にあげてしまったんだろう。空のクッキー缶いっぱいのカードを。
「だってすげーいっぱいあったじゃん?勿体ねぇよー。相手がいないならまた俺とバトルしようぜ!」
「一二三弱いじゃないか。それに……カードゲームなんて子供のやるもんだ、って、親にも思われてるし……」
「そんなことねーよー。男はいくつになっても少年なんだぜ!」
力強く親指一本立てて見せる一二三はいつだって子供の頃と変わらない笑顔を浮かべている。少年誌に連載していたクロスバトリアの漫画を二人で読んでカード集めを始めた頃のことが思い出される。小遣いを出し合って買っていた雑誌に付録で特別なカードがついてくるとじゃんけんで持ち主を決めた。独歩の方が深くのめり込み、カードを沢山集めたのを見て一二三の方がすごいすごいと喜んだ。集めたカードを見せる相手も一二三しかいなかったけれど、一二三が二十人分ぐらい喜んでくれるので胸がいっぱいで。一二三が他の友人とバトルするときには強いカードを貸してあげる約束をして。
「一二三………お前、昔貸したグリーンストーンズのカードまだ返してくれてないよな?」
「え、借りてたっけ?」
一二三は憶えていなかった。
「貸したよ!三組の木崎と決闘だから強いカード貸してくれって!そのまま借りパクしてただろ?!」
「メンゴメンゴ!今度探しとくからさ!」
探さないし探したところで見つけられないだろう。独歩にはわかる。付き合いが長いからだ。
査定中の時間つぶしに販売コーナーを歩きながら肩を落とす。ラックに並んだカードを見ると、実家を離れている間に勝手に人のモノになってしまったカードや、今まさに査定中のカードと同じものも並んでいる。大事に何年もしまっておいたカードももうじきここに並ぶのか。自分のデッキの中では一枚一枚に意味があったカードたちも値札をつけてレアリティごとに淡々と並べられると表情を失って見える。まだ完全に手放したわけでもないのに胸にぽっかり穴が空いたようだ。
俯けた首を振って感傷を誤魔化し、取り繕うように文句を口先に並べながら顔を上げたとき。
「昔も同じこと言いながらうやむやにしてたんじゃないか、昔からお前はいつも…………あ」
ひときわ輝いて見える一枚のカードが目に飛び込んできた。子供のころ憧れたレア中のレア。憧れのカードを目にしてついガラスに手が伸びた。
その手に別の手が触れる。夢から覚めるような心地で隣を振り向いた。
観音坂独歩はプライベートで仕事関係の人間と会うのが苦手だ。面倒くさいし仕事以外で用はないのに無視もできない。中学の頃に特に親しいわけでもない教師と外で鉢合わせてしまった時も挨拶程度に立ち話するほんの一分間で非常に居心地の悪い思いをしたし、それはテリトリーバトルで顔を合わせた他のチームのメンバーという微妙な関係の人間にも当てはまる。つまり、偶然にも遭遇してしまったイケブクロ代表の少年たちを完全に持て余しているということだ。適当に挨拶してさっさと帰りたかったが査定待ち中には帰れなかった。
どうやら三兄弟の末っ子の用事で訪れていたらしいことはすぐに分かった。彼の目はクロスバトリアを研究し尽くしている人間の目だ。単純にレアリティの高いカードを欲しがるのと違う。もっと価値の高いカードはこの店にもある。
“イヤフ王の凱旋”と名付けられたそのカードには重厚感ある玉座が描かれているが凱旋という言葉に反し、座る王の姿はなく、雑魚カードである“隣人イヤフ”のカードに“英才教育”と“神の啓示”、そして“黄金の王冠”のカードを使い進化させることによって産まれるイヤフ王が揃わねば使えない難易度も極めて高いカードながら、全ての条件が揃って召喚されたイヤフ王が玉座につくとチート級の絶大な効果を発揮する、まさに漫画のクライマックス仕様なカードであり、実際に漫画連載していたクロスバトリアー宿命の闘いーでは主人公とライバルの決戦で漸く召喚が果たされ漫画の途中に見開きカラーページが挿入されるという子供心にも特別感満点な演出を以て打ち出されたスペシャルなカードだ。同時にキーカードである隣人イヤフのカードは当時の雑誌付録でしか出回らず、人気雑誌故にたくさん世には送り出されたが後々になると入手困難となって一時期オークションで高値が付いていた代物だがイヤフ王の凱旋のカードに至っては過去数回のクロスバトリア公式大会の入賞景品以外での頒布がない完全なる非売品にして幻のカードとなり、イヤフ王の凱旋がなければゴミ同然の隣人イヤフだけを入手したプレイヤーの一部からは批判もあったという古くからのクロスバトリアプレイヤーにとっては一目見たら三年寿命が延びると囁かれるようなカードなのである。
このカードが数万で売られているのは破格だがイマドキの中学生が欲しがるようなカードでもなければ小遣いで買うような代物ではない。そこをわざわざ探し求めて来たというのだから彼、山田三郎は只者ではなかった。
テリトリーバトルで出会った初対面時の舐めきった態度から一変して真面目に力量を値踏みする目を向けてくる。
「それ、買うんですか?」
答えはノーだ。でも独歩が即答できなかった。言い淀むと一二三が「お!」と期待のこもった声を漏らして立ち竦む独歩の周りをうろちょろした。
「俺もそのカードを買いに来たんです。譲っていただけませんか?」
もちろん構わない。どうせ自分は他のカード全て手放そうとしているところなのだ。一枚だけ幻のカードを持っていても何のお守りにもならない。彼は現役のプレイヤーだろうし、使われないより使ってくれる人の手に渡る方がカードにとっても良いに違いない。
「どうぞ…」に被せて一二三の明るい声が割り込む。
「ブッブー!ダメっすよ!ということでカード争奪クロスバトリア勝負!いっちょやりますか!」
やらねぇよ、との言葉は一二三の手で物理的に塞がれた。見れば一二三はもう片手に査定中だったはずのデッキを掲げている。いややらねぇよ。相手の子だってそんな漫画みたいなこと言われても困るだろうしこの後予定があるかもしれないのに余計なことして引き止めたら悪いし…などとネガティヴな脳内で言葉が渦巻くが、三郎はあっさりと自分のポケットからカードケースを抜いた。
「いいですよ、どうせ俺が勝ちますから」
自信満々に応じてから兄を、長兄の方を振り返り「すいません、すぐ終わらせますから」と気遣いを見せるが優しい長兄は何を思ったか慈悲深い眼差しで「思う存分やってやれ」とゴーサインを出す。
口を塞がれている間に話はまとまりテーブルに移動する一行は社会のレールに必死でしがみついた独歩とは全く違う、のびのび生きる人間ばかりであった。
テーブルにマス目の書かれたプレイ用のシートを敷く。シートにはそれぞれライフポイントを計算する小型の専用計算機―ライフカウンターと各種のカードを置くための場所が四角で印刷され、三郎は手際よくセッティングを進めていく。
独歩側は一二三が勝手にセッティングしていく。借りたカードのことは忘れてもやり方は覚えているらしい。
ゲーム自体久しぶりながら一二三以外の相手と向き合って対戦するのは初めてだ。ルールは完璧に覚えているが勝てる気がしない。そんな勝負に意味はあるのか。椅子に座らされた後も落ち着かない様子で三郎と一二三を交互に見ていた、その独歩の背中を一二三が叩く。
「だーいじょーぶだって!前にクロバトオンラインで月間ランク入ったっていってたじゃん!」
「まあ……」
「へぇ、この強いんすね。うちの弟もハマってるから兄弟でやったこともあるんですけど俺らさっぱりで」
「いち兄は自分にあったデッキをちゃんと組んだら強くなります!小学生以下の二郎は攻撃力と守備力の引き算から勉強し直しだけどな!」
「テメェ一言多いんだよ!」
「ま、僕だってランキングぐらい入ってますけど」
どうやら長兄が他人を褒めたのが気に入らなかったようだ。
「クロスバトリアの戦略は日々進化してるんですよ。仕事に疲れた中年の頭で僕についてこられるわけがない。スタンバイ、ドロー!」
積み上げたカードの山から一枚引くと迷わずフィールドに叩きつける。
「通常召喚、“赤土のゴーレム”…そしてフィールド操作カード“マグマ発電所”をコスト100で配置しターンエンド」
後攻のターン。のろのろと自分の山からカードを引きながら、繰る日も繰る日もカードの説明文を読み漁って効果を暗記した子供時代を思い出していた。内気だったけどあの頃はもう少しぐらいは自信があったはずだ。もう二十年若かったら自信を持って言い返せたんだろうか。今だって、アプリゲームでハイランカーに勝てた時は嬉しかった。自分の心はまだ死んでいなかったんだと思ったが、仕事の繁忙期に差し掛かりゲームに費やす時間がなくなってあっさりランク圏外に落ちたあたりからゲームの勝利への執着心が靄に包まれたように希薄になっていって自分の内側を覗き込んでも見えなくなった。ネットゲームの世界はスピードが速くて一度転落すると簡単には這い上がれない。グズグズしている間にも新規カードが配信され、配信開始イベントを過ぎるとカードの入手自体が困難になる。勝ち負けの他にレアカードや新規カードをいち早く入手するのにもみんな血眼になる。毎日残業で休憩中にもクライアントから電話が来れば食べかけのパンをお茶で流し込む生活。ゲームの最前線についていこうと思うのがおこがましい。何かちょっと悲しくなってきた。こんな惨めな気持ちごと諦めるためにカードを手放す決意をしたって言うのになんなんだ。
意味の分からない勝負を言い出した一二三を睨みあげたら満面の笑顔で力強く頷いた。言葉で言ってもわからない男に視線だけで意図をくみ取れというのが無理な話だったかもしれない。更には何を思ったのか、一二三は携帯しているヒプノシスマイクを取り出し独歩の目の前に差し出した。
「言いたいことがあるなら言わなくっちゃ!」
「いやダメだろ、なんでマイク使おうとしてんだよ」
独歩が言おうとしたことは先に次男が突っ込んでくれた。
「だってアンタらこっちの方も強いんだろ?それともダメージ受けたらゲームの手が鈍っちゃうとか言っちゃう?」
「……いいだろう。やってやるよ」
一二三の安い挑発を受けて三郎も自分のマイクを掴む。ここでも次男が口を挟もうとしたが、思案顔の長男に片手で止められて開きかけた口を閉じてしまった。
「独歩、ガキの頃もワーワー言いながらゲームすんの楽しかったじゃん?強いヤツとやれるんだからめいっぱい楽しまなくっちゃな!」
「一二三……騒いでたのほとんどお前だったけど……」
受け取ってしまったマイクを見下ろし、悩んだ末にスイッチを入れた。お世話になった先生の誘いとはいえ明らかに冴えない会社員が持つには厄介すぎるヒプノシスマイクを引き受けてしまった時、俺は何か、変わりたいと思ったんじゃないだろうか。マイクを通してライムを刻むと自分の内側にも響くような気がする。伏せておいた手札から一枚抜き出しフィールドに叩きつけた。
『いつも決めてる スタートはこれって 繰り返すバトル 勝利にコミット 特殊効果発動、このカードが場に出た時点で相手の手札にあるモンスターカードの数だけカードをドロー、そして通常モンスターを引いた場合は強制的に守備配置で召喚する』
言葉が響くと平坦なバトルセットに奥行きが産まれ、三郎のフィールドから小さな活火山が浮かび上がる。その麓を歩き回る赤土のゴーレム。対する独歩のフィールドに置かれた一枚きりのカードはひときわ光り輝き、照らされた三郎の手札から三枚のカードが蛍のように明滅を始める。
『三枚ドロー。内二枚のモンスターカードを召喚。“月の紳士”、“ウォールタイガー”を守備表示で召喚。月の紳士の召喚時効果でフィールド操作カード、マグマ発電所は3ターンの間凍結される』
屈強な巨大虎と共にカードから出現したシルクハットに仮面の紳士がステッキを振るとマグマを滾らせていた火山が凍り付いた。ヒプノシスマイクによる精神干渉はギャラリーも巻き込んだらしく、一二三が呑気に歓声を上げる。
『3ターンも待ちはしねぇぜ解凍ターン 紳士破壊すりゃ即時解除は誰でも知ってる 俺のターン、ドロー!“黒土のゴーレム”召喚&“大地固める神の豪雨”でグロウアップ して攻撃フェーズ!ターゲット紳士!ヨンセンVSニッパチじゃ話にならない マグマ噴き上げターンエンド!』
新たに召喚されたゴーレムに重い雨雲が被さったかと思うと雨のエフェクトが消えると同時にがちがちに固まった黒土ボディが黒光りして登場する。ゴーレムがフィールドの中央を突っ切って月の紳士に肉薄し拳を振り下ろすとか細い紳士の体がガラスのように砕け散った。その爆風がモンスターの後ろに立つ独歩自身にまで及び、仰け反った肩を一二三が慌てて受け止めた。三郎の優勢をアピールするように凍っていたはずの火山が大きく噴き上げ、フィールド効果の恩恵を受ける赤土のゴーレムもドラミングで場を鼓舞する。
『まだまだ届かないライフは傷つかない 年季入ったカードと戦略 こんなシーンは百万回見た 俺のターン、ドロー。おいで“ミスター・サムライJ”攻撃表示でグロウアップカードを追加“闇討ち” 壁モンスターすり抜け切っ先届く 命削って働く大人の刃食らって削れライフ screw you busta!』
場に新しく躍り出たカードから着流しの侍がゆらりと現れる。追加されたカードは侍の上に闇色の靄を発生させ数秒の内に侍はオモテ表示されたカードの上から姿を消した。独歩のフロウが激しさを孕む。全員の視線がフィールドをさまよう中三郎が視界に小さくきらめくものを見つけて両腕を顔の前に構えた、次の瞬間、空間を切り裂いて現われた侍の白刃が三郎を斬りつける。
「三郎!」
二人の兄が両脇から支え弟を覗き込むが、今さっき負ったと思った傷跡はすでにない。代わりにデジタル数字で表示されたライフポイントが音を立てて減っていく。
「大丈夫……こんなの想定内だよ。俺のターン!」
マイクを握り直し山からカードを引く。その中身を見た勝ち気な瞳が輝くのを独歩は見逃さなかった。
『r.i.p 待ってたんだ俺は このカードがJOKER 刮目してみろ“暁のトランペット”!』
どこからともなく鳴り響くトランペットの音色が大地を揺らす。ひときわ大きく揺れたのは三郎の山札。それをまだ細い指がスッと指し示すと引き寄せられるようにしてカード束から一枚のカードがふわりと舞い三郎の手の中に収まる。
『カードは進化するjiggyな戦場さ ガードは無効の鬼がくるよ check it out コイツは“古代ゴーレム”全ての源 赤土・黒土・古代揃えば命宿って戦士になるぜ 三枚のモンスターを生贄に特殊召喚!いでよ鬼神“土くれのアダム”』
二体のゴーレムの間に滑らせた古代ゴーレムがカードの中から立ち上がると三体は身を寄せ合って混ざり合い、フィールドに満ちていた火属性のフィールドエネルギーを取り込んで爆発的に膨れ上がった。煮えたぎるような音を立ててゴーレムたちの体をマグマが包み込んだかと思うと急速に収束して細身の人間型モンスターに変形した。神々しい光を背負って不敵に笑う土くれのアダムの攻撃力は一万。即死必至の神の拳を高らかに振り上げる。
これで終わりだ。人差し指と親指で銃を形作った三郎が真っ直ぐに独歩の胸を撃ち抜く。
『満を持して お前に返すぜ screw you』
二体のモンスターを従えた独歩の頭上に大きな影を作った拳が地響きと共に振り下ろされた。そこを爆心地に強烈な爆風と轟音が辺りを包みこんだ。
独歩側のライフ表示が目まぐるしく数字を変える。見守る全員が潰された独歩の行方を土埃の中に探した。ただ一人、価値を確信した三郎だけがライフの残り0表示を待つ中、微かな音を立てて数字の動きが止まる。
“00001”
大きな目を丸くして、爆風が鎮火し薄まる土埃の向こうを振り向く。そこにはボロボロになりながらもテーブルのふちを支えに立ち上がる独歩の姿。
「なんで倒れないんだ!こっちの攻撃力が完全に上回ってたのに」
ライフ残り1で耐えた独歩が手札から一枚引き抜いて焼け野原となったフィールドに投げる。路端の石の描かれたカード。それを見た一二三が目を瞠る。
「このカードは手札にある間に一度だけライフを残り1で繫ぎ止めるカードだ。二体以上で連続攻撃を受けたらアウト。他に使い道はないしデッキに1枚しか組み込めない。この店でも100円で売ってる雑魚カード……」
「独歩、それってもしかして……」
「そうだよ、一二三がグリーンストーンズと交換で俺に預けたカードだ」
同じ石属性のカードだからと全く釣り合わないカードを渡されたのだ。
「フンッ、ギリギリで生き延びたからって次のターンで終わりだ!」
爆発でぼさぼさの頭を振って前髪を掻き上げ、手の中でヒプノシスマイクを回して持ち直した独歩が強いまなざしで顔を上げる。
『お前のターンはこれでエンド 俺らのバトルもここでエンドだ 針穴突くスキル 失念してるぜこの効果 ウォールタイガーは守りの要だ 無念の死には特別スキル発動 これはウォールタイガー撃破時にプレイヤーのライフが残り1の時にだけ発動される特殊召喚スキルだ。滅多にお目にかかれない レアスキル発動 幸か不幸か お前にゃ不幸か 死した仲間を呼ぶ咆哮 二度会おう俺の月の紳士 そしてグロウアップ “闇夜の舞踏会”そして“クレイジーコピー”踊れ分身 暗殺舞踏!』
天から舞い降りたのは破壊されたはずの紳士。その鋭い爪先が地を踏むとフィールド全体が濃紺の硬質な床に変化しコツコツ軽快な音を立てて紳士が踊りだす。ステップを踏むごとに残像を置いてくるようにして紳士が分身する。ダウナー系のメロディに合わせて踊る紳士が一人、また一人と身軽に跳躍して立ち尽くすアダムにステッキを振り下ろした。雨音にも似た連撃がみるみるうちに三郎のライフを削っていく。攻撃を終えて一人、また一人と消える紳士をカウントダウンする独歩はゆっくりと片手を銃の形に握り、その銃口を三郎に向けて静かに告げた。
「――――3,2,1…0」
マイクのスイッチを切る際のノイズ音と共にバトルフィールドの幻覚は消え失せ、テーブルの上に散らばる数枚のカードと0を示す三郎のライフカウンターだけが残った。土くれのアダムを握りしめて突っ伏した三郎の肩を兄の大きな手が包む。喧嘩ばかりの二郎も口を噤んでもう一方の肩に手を乗せる。悔しさを噛み締めるのには時間が必要なことを、三郎より数年長く生きている二人は知っている。
辺りが静まり返ると一拍遅れて独歩の勝利を理解した一二三が独歩本人に代わって拳を突き上げる。
「ィヤッフォー!やった!さすが独歩!」
「一二三、ちょっと黙ってろ」
こちらも残りライフギリギリからの生還でよろける体を引きずってテーブルを回り込む。隣まで歩いたところで膝から崩れ落ち、そのまま顔を伏せた少年を見上げる格好になった。
「三郎くん、言うのが遅くなってしまったけど、イヤフ王の凱旋は譲ります」
「……負けは負けです。妙な情けをかけるのはやめてください」
「そんなつもりじゃなくて……ほんとは俺はこのデッキを買取してもらいにきたんだ。それを一二三が……でも、最後にいい引退試合になりました」
思いがけない言葉に自分の腕に埋まっていた顔を上げると顔色の悪い顔が穏やかに微笑んでいた。一回り以上年上の人の肩を掴んで揺すり上げる。
「引退って、辞めちゃうんですか?!そんなの、勝ち逃げじゃないか!」
「でも、俺はもう大人だから……」
困り眉で揺さぶられる独歩の背後に一二三が歩み寄り、上から見下ろしてやっぱり何も考えていない顔で笑う。
「いいじゃん!時間が出来た時でさー!息抜きも大事!って先生も言ってたっしょ?」
「俺からも頼みます。三郎とまた勝負してやってください」
丁寧に頭を下げる長兄、山田一郎もまた独歩より十歳も若いがイケブクロを仕切るチームリーダーだからか実力者故か、そんな風に頼み込まれると恐縮してしまう。テーブルの上のカードたちに目を向ける。めくってみなくてもどんなカードが入っているかは全部頭の中に入っていた。
「どーっぽ!」
やや鬱陶しいノリでつついてくる一二三の手を叩き落としながら立ち上がった。わけのわからない展開をカウンターの向こうから見守っている店員に歩み寄る。査定途中に買取をやめる詫びを入れねばならない。
山田三郎と連絡先を交換し、ついでにゲームアプリのフレンド登録まで済ませた帰り道。思い出して実家に電話を入れた。
「ごめん、あげちゃったカードの箱、一旦返してもらって。……うん、今度帰ったときに上げていい分を選別するからさ。大丈夫……うん、ごめん。じゃあね」
電話を切って隣を見ると一二三がご機嫌で鼻歌まで歌っている。
「オレっちも一緒に帰省しよっかなー!」
「ああ、そうしろ」
「独歩誘ってくれてんの?!行く行くー!」
「帰って借りパクしたグリーンストーンズ返せよ」
「返すってー!安心しーろーよッ!」
全く安心できない軽さだ。横腹に拳を叩きつけると大袈裟に仰け反って大笑いする。
小学生の頃の帰り道みたいで、独歩にしては珍しく気分が良かった。