相棒/さまじろ/4309

 ヤンチャそうなガキどもが裏路地に入っていく。いかにもロクでもないことをしそうだが今日の俺は非番。非番だが身内が噛んでいるとなれば見過ごせない。
 ガキどもに混じって目立つ白い頭が見えた。
 警察沙汰でなけりゃいいが、もしアイツが捕まれば釈放要求のために俺が呼び出される。テリトリーバトルが始まり俺とアイツがチームを組んでいることが周知の事実となった今、署内のみんなアイツのお守りは俺の仕事だと思ってやがる。
 折角の休みに呼びつけられるのも迷惑だ。一服がてら通りを外れ、連中の死角に身を寄せて様子を伺う。場合によっては適当に止めに入って左馬刻を引きずって帰ることになる。
 買い物帰りの紙袋を肘に提げて煙草を一本咥えた。これ一本分の時間でケリがつかないなら諦めて帰ろうと決める。
「……つーかよ、なんでテメェみたいのが左馬刻と一緒にいんだよぉ」
 滑舌の悪いチンピラが叫んだ。どうやら左馬刻は一人じゃなかったらしい。口振りからして舎弟じゃないだろう。相手の顔を見にビルの陰から覗こうとしたが、その前に目的の人物が唸るような声で応じた。
「うるっせぇな!テメェらにゃ関係ねぇだろ!」
 ああ、ハイハイ。そりゃガキどもが不思議がるのも無理はない。左馬刻が宿敵の弟を連れてるんだから。
「ンだと、ブクロでちっと騒がれてたってハマじゃなぁ……!」
 ガキ同士仲良く吠え合っていると一番気の短い男が痺れを切らすぞ。
「全員黙れや。用がねぇなら帰ンぞ」
 ほらみろ。一際低い声が割り込むと一瞬静まり返る。
 そのまま気圧されたら本気で解散になっただろうが、H歴においては日本一有名なやくざ男に絡んだだけあってガキどもも肝が座っている。すぐに勢いを取り戻した。
「そうだ、おい!二人ともマイク出せや!」
「ハァ?マイク強盗かよ」
「テメェらより俺らのがヒプノシスマイクに相応しいんだよ!」
 貴重なヒプノシスマイクを持つ者なら誰しも一度ぐらいはマイクを狙うアホに絡まれることがある。売り飛ばして良し、ラップスキルに自信があるなら使って良しだ。
 ガキどもは体も薄く、やくざとイケブクロの不良のトップ相手に腕っ節で勝つ見込みなんかなさそうだったが。
「面倒クセェな。みんなまとめて俺一人で相手してやんよ」
 両手の関節を鳴らしながら二郎が進み出る。三対一でも賭けるなら二郎を選ぶ。気の短いガキだがブクロの顔と呼ばれるのは伊達じゃない。
 これはつまらないガキの喧嘩で終わるか、と思ったら。ガキどもがマイクを握った拳を突き出した。もちろん市販のマイクだ。
「ハンデなんかいらねぇよ!テメェらと俺らとどっちがラッパーとして上か、勝負だ!」
「は?」
 思わず口から出た音は都合よく二郎の声と被って連中には届かなかった。
「男同士のガチのバトルだぜ!ヒプノシスマイクじゃねぇ、純粋なラップスキルで勝負しろ!」
「勝った方が負けた方のマイクを奪うんだぜ!」
「精神干渉なしじゃやれねぇってか?腰抜けか?おら!」
 三人の命知らずが代わる代わる二人を煽る。殴り合いの喧嘩なら日常茶飯事でも真正面から、しかも頭の悪そうなガキにラップ対決を申し込まれた左馬刻は毒気を抜かれた面白い顔をしていた。だけど煽られてスルーできる男じゃない。もちろん二郎もだ。
 舌打ちと同時に腰の後ろに手をやってベルトに差しているマイクを抜いた。スイッチを入れてラップすれば精神に干渉してしまうからオフ状態で握り口元に構える。
「上等だコラ。特別に格の違いってもんを教えてやんよ。スッカスカの脳みそに刻んどけ!」
 売られた喧嘩は気前よく買う男だが今回は格別。暴力以上にラッパーとして挑まれたなら受けないわけにはいかない。相手にならねぇ、相手にしてねぇと切り捨てるのも一つのスタイルだが、拳の喧嘩は買うのにラップバトルは適当こいて逃げたなんて話になればプライドに傷がつく。
 普通のラップバトルに興じる左馬刻を見るのは久しぶりだった。チームを組んでから酒の席でやって以来か。暴力としてのラップじゃなく、正当に純粋にヒップホップ文化としてのラップ。
 立ち聞きしている俺を除いては誰も観客のいないバトルだ。
 先攻を取ったのはガキどもの方だ。一人がヒューマンビートボックスでビートを担い、残る二人がそれに乗る。
 スタイルとしてはイケブクロチームに近い。ノリよくタイトに韻を踏んでいく。ガキくささの抜けないフロウだが研究熱心さが垣間見える。
 織り交ぜられる左馬刻がリスペクトしている有名ラッパーのパンチライン。昔のチームのライブで一度だけ共演したラッパーだ。そこまで調べているとすればもはや左馬刻のファンに近い。
 ラッパーとしての左馬刻をよく研究していながら、自分たちの方が実力があると主張してくる。
 ただのバカかと思えばなかなか侮れない。二郎ひとりなら決着がつかないか、チーム対個人の力の弱さで負けていたかもしれない。
 左馬刻は個の力が強いが二郎はコンビネーションで実力が跳ね上がるタイプだ。その傾向はそのままチームのカラーでもある。
 後攻のバースは挑まれた張本人である左馬刻が口火を切った。無名のガキ相手にしてはノっている。思いの外連中が上手かったことを認めたんだろう。人目につかない路地裏なんかでやっているのが少しもったいないようなバトルだ。
 安定したスタイル。攻撃的なリリック。それでも意外なほど相手のバースをよく聞いていてきっちりやり返す。敵も精神干渉なしとはいえちょっと腰が引けているように見える。
 一小節、二小節、三小節目で左馬刻が左手を隣に向け、小さく合図した。それまではこのバースを一人でこなすんじゃないかとさえ思っていたのに、呼ばれた二郎が左馬刻のライムの尻を掴んでスルリと滑り込む。
 二人の間のことを深く知っている訳じゃないが、しょっちゅうこんなことをしているはずもない。それなのに左馬刻は山田二郎にきっちり合わせた。左馬刻が合わせた。
 先に空気を作ったのは左馬刻だからそこに二郎が合わせたようにも聴こえるが、二郎が加わってからは左馬刻の方が二郎のクセに合わせてコントロールしている。
 あまりにも上手くいくので二郎すら驚いて左馬刻を顧みた。視線が絡んだってアイツはニコリともしない。
 また相手バース、左馬刻と二郎のバース。二人の声が重なって終わるとガキどもが悔しそうに拳を固めた。結果は目に見えてる。
「まだだ!まだ決着はついてねぇ!」
 ガキの一人が往生際悪く叫んだ。精神干渉のダメージも客観的判定もなしのバトルの勝敗は当事者の胸先三寸。こういうことを言い出した時点で自分たちの負けが見えてるのに、ガキは無駄に騒ぎたがる。
 折角いい勝負だったんだから綺麗に散っときゃいいのに。
 短くなった煙草を足元に落として踏み消すと両手を打ち鳴らしてビルの陰から連中の前に踏み出した。
「はい、STOP。そこまでです」
「なんだテメェ!」
 一番に怒鳴ったのは二郎だ。他人のシマまで来て威勢のいいことだ。
「たまたま通りすがりに悪そうな集団を見かけたので、警察沙汰になる前に止めようと思いましてね。乱闘騒ぎに移行するならみんなまとめて補導しますよ?」
「俺をガキどもと一緒にすんじゃねぇ!」
 俺の言う“みんな”に含まれていることをきちんと理解した左馬刻ががなる。
 ガキどもは俺の顔だって当然知っていた。こちらは見覚えがないから、これまで警察の世話になったことはないのかもしれない。私服とはいえ警察の介入に勢いが削がれた。
「君たちも実力差がわからない程バカじゃないでしょう?ヒプノシスマイクが欲しいようですが、ヨコハマ代表に相手の力量も見極められないバカは要らないんですけどね」
「うっせぇ!ジャッジ気取りやがって、テメェはそいつらの仲間じゃねーか!」
「生憎と、左馬刻を甘やかす趣味も、ましてや敵の彼を贔屓する理由もありませんよ」
「ふざけんなよクソウサギ!」
「今度はテメェがやんのかゴルァ!」
 何か言うごとにチンピラコンビが中指立てて背中に文句をぶつけてくるのは黙殺した。こうしていると勝者の風格もなにもない。残念な連中だ。
 結果を受け入れるための少しの時間をおいて、三人組のリーダー格が「わかった、負けだ」との言葉で幕を引いた。
 大通りに向かう彼らを見送る。もう少し腕を上げたら、俺たちの誰かが欠けるようなことがあればまた挑んでくるといい。ヒプノシスマイクを使ったバトルは常に命の張り合いだ。比喩でなく、ステージ上でこと切れてもおかしくない。
 勝って当然の勝利を収めた二人はマイクをベルトに差し直した。
 何事もなくカタがついて良かった。無事休日に戻れる。
 自分も帰るつもりで買い物を担ぎ直した際に、左馬刻に向ける二郎の視線が気になって、ふと思ったことをそのまま口にした。多分二郎も思っていることだ。
「そういや左馬刻。さっきの、敵チームのくせにえらく息が合ってたじゃねぇか。ちょっと妬けるぐらいだったぞ」
 なんてことない揶揄のつもりでちょっと怒鳴られて終わりのつもりだった。何故ああも山田二郎に合わせられたか、思い至ったのは暗い目で睨まれてからだ。地雷を踏んだ。
「……銃兎。余計なことに首突っ込んでっと生ぬるいバトルの口直しにぶち殺すぞ」
 ギラついた強い瞳に濃い影が揺らぐ。
 ああ、そういうことか。少し考えりゃわかることだった。しくじった。
 二郎が困惑気味に睨み合う俺たちを見比べている。ラップスタイルさえも兄である山田一郎を手本にして育った弟だ。
 左馬刻は昔、山田一郎ともこうして組んでバトルをやったんだろう。一郎も昔は不良だったと聞くし、現在の一郎の姿と先程の二郎の姿を頭の中で重ねていくと、かつて左馬刻らとチームを組んでいた頃の一郎の姿も想像がつく。
 二郎にとっては初めてのタッグだったとしても左馬刻にとっては新鮮味のないものだった。つまり、そういうことだ。
 まだどういうわけか理解していない表情の二郎にひっそり憐れみを向けた。
 彼が左馬刻のどこかしらを慕っているのは察している。観客のいない狭く薄暗いステージでも競うように隙間なく絡むリリックに目を輝かせていた。
「なんだよ、腹立つ顔しやがって!」
「顔は生まれつきです」
「生まれつき腹立つ男だな!」
「それは失礼。顔と違って口の利き方は今からでも矯正できますから頑張ってみてはいかがですか?」
「なんだとコラッ!」
 わずかな同情心も中和されたところで路地を出る。二人は連れ立ってどこかに向かうようだ。
 二人と反対方向に歩き出してすぐ足を止め、振り返り、左馬刻の後を追っていく健気な背中に目を眇めた。