ご依頼は恋の話3/いちひふ/7577

 朝一で病院を訪れ、そこで頼まれた配達の仕事と所用を済ませる。
 事前に目的の人物、神宮寺寂雷に連絡を入れて外来診療が始まる前に到着したが、病院の受付前は満員御礼。その人の列を避けて裏手に回り、通用口から入って寂雷と面会した。すでにどれだけ患者が待っているのか承知で焦りの一つもなく、面倒くさそうな様子もなく、いつ会っても大抵そうである穏やかさで迎えられた。
 紹介を頼んでいた人物の情報を受け取り、ついでに小さな包みも預かった。中身は菓子だ。夏前に受け取ったプレゼントのお返しだと言っていた。患者にどれほど慕われても贈り物なんかは受け取らない寂雷にしては珍しく、尋ねると「私宛のプレゼントではなかったし、それもまた治療の一環だったからね」と語った。
 それから待ち合わせ時間に合わせて時間を調整し、先方の指定で向かったのはシンジュクの中心地から離れたイケブクロにほど近い場所だった。寂雷から預かった包みと一緒に萬屋の名刺を渡し、一時間ほど打ち合わせをして解散した。
 駅に戻って携帯で時刻を見れば昼には少し早い。
 ――――俺っち明け方に寝て昼前に起きてるからさ、いつも昼って家で作って一人で食ってんだよな。だからまた都合ついたら一緒にメシ食おうぜ!
 先日の帰りに一二三に言われた言葉を思い出した。そろそろ起きている頃だ。
 前回の訪問からも数日経っている。広神の様子もマメに確認しておきたいし、昼食の予定を尋ねる旨のメッセージを送るとすぐ返信があった。
“そば?天津飯?パスタ?”
 一つ一つに絵文字付きで三択を迫られた。多分家で用意してくれるんだろう。
 また食わせてもらうのも悪い気はするものの、あまり遠慮すると逆に気を遣わせると思って天津飯をリクエストした。昼食を世話になった分は今後どこかで埋め合わせることにする。
 少し用事を片付けてから行くと連絡し一度帰宅した。細かな片付けをしてから向かうとちょうど昼時になる。
 昨日の仕事で使って物置に置くだけ置いた仕事道具や分別して処分予定のゴミをまとめていたら、また携帯に通知が入った。
“たすけて”
“今スーパーのトイレ”
“店内に女がいる”
 さっきの絵文字混じりのメッセージから一転して短い文面だけが届く。とっさに何の冗談かと疑って、雑談程度に聞かされていた女性恐怖症のことを思い出した。スーツ姿の一二三とはそんな話をしなかったし、オフモードの一二三の軽いノリではあまり深刻に聞こえなかったから真面目にSOSを出すほどとは思っていなかったけど。
 手にしていたガラクタを放り出して車のキーを取り、言われたスーパーに急いだ。
 そこは駐車場もない小さな店で、交通状況を確認して路肩に車を停めた。
 昔はスーパーといえば女性パートがいて当たり前だったが、最近では男女比の偏りに伴って男性店員しかいない店もある。壁の外の女性もなんとなく治安のいい地区に住みたがるせいか女性の多い地域とそうでない地域のムラがあって、後から一二三に聞いた話ではこの辺は女性が少ない地域らしい。部屋探しの際の条件が女性の少ない地区の男性住人しかいない物件だったそうだ。
 かくしてスーパーに入り、店内の様子をちらりと見てレジの向こう側にトイレの案内を見つけ一直線に向かった。
 店の規模にしてはトイレは広く、個室は二つ。それとは別に小便器も二つあった。男子トイレの中は静かだ。売り場側からオルゴール調の流行曲がBGMとして流れてくる以外には物音一つしない。
 一応半開きの手前の個室も確認した上で扉が閉まっている奥の個室前に立ってノックをした。
「一二三さん?」
 呼びかけると少し間をおいてカチャリと金属音がして、慎重に扉が開く。完全に扉が開くのを待ってから覗けば、洋式便座のフタの上に履物も下ろさず上がって膝を抱えた一二三がいた。具合でも悪いのかと思う程に顔色が悪い。白い顔から血の気が引いて、膝を抱く筋張った手は時折小刻みに震えていた。
「……大丈夫か?」
「いっちん……女、女は………」
「まだいる。店の関係者っぽかったからすぐいなくなるかはわかんねぇ」
 女は仕事らしいスーツ姿で首から社員証を提げ、レジ周辺で店員と並んで売り場を眺めながら何か話していた。一二三から連絡を受けてここまで、車を飛ばしてきたといっても三十分は経っている。その間ずっと店に関する打ち合わせをしていたなら尚更、女がいなくなるタイミングは読めない。
「ちっとだけがんばって俺の背中に隠れて脱出できるか?」
 向き合っていても便座のフタから降りないので手を差し伸べ、ふらふら宙に浮いた冷たい手をやや強引に握って引く。なんだか不安でもう一歩近づいて体を支えた。そうすると一二三は俺のジャケットの布地を握りしめて何度も深呼吸する。落ち着くにはペースが速い。もっとゆっくり息をするよう背中を撫でて、落ち着くのを待ってから一度手を解いて背中を向けた。俺の方が背があるから、俯いて背後にいれば見たくないものは見なくて済む。
 何か掴んでいる方が落ち着くならと手を掴んでジャケットの裾を握らせたら、その手が布の上を滑って腹を抱きしめられる。そりゃしがみついた方が安心はするんだろうけど。
「一二三さん、歩きづれぇよ」
 ぴったり背中に張り付いて顔を埋めている一二三を振り返る。一歩歩くごとに足がぶつかる。
「やだ、離れないでくれよぉ」
 思ったより面倒だ。歩けないことはないがさっさと店内を脱出するには向かないだろう。負ぶった方が早いな。
「わかったから、腹じゃなくて首の方に腕もってきて」
「や……」
「大丈夫だから大人しくしてな」
 首にしがみつかせたままで膝を曲げて屈むと背後の一二三も脚を開いて膝を曲げることになる。その太腿に両手を回して抱え上げた。一二三のスニーカーのつま先が浮く。
「う、わっ、ちょちょっ!」
「大丈夫だって」
「でも俺三十路のオッサンよ?重くね!?」
 怯えが驚きに紛れて普段の一二三に戻っている。
「この間米袋担いだ婆ちゃんおぶったから余裕っしょ」
 立ち上がりが一番力が要る。ちょっと気合いを入れて前屈みで曲げた膝を伸ばした。完全に立ち上がると「おおー」なんて呑気な感嘆が聞こえてきたが、トイレの出口に向かおうとすると女の存在を思い出したらしく首筋に顔を埋めて身を縮こまらせた。
 一二三はスーツ姿でなくても近くといい匂いがした。
「すぐ店出るからそうしてな」
 幼い頃によく吠える犬を怖がった弟の姿と重なって小さく笑い、ドアを体で押し開けて売り場に出る。
 女はまだレジ付近にいた。ドアに隔てられて遠かった売り場BGMが近くに聴こえるようになると体に巻きつく腕や足に力が入る。
 大丈夫、の意味で足を抱え直して女から遠い壁際を選んで店を抜ける。一二三は荷物を持っていなかったからそのまま出た。長身の男が金髪の男を背負ってトイレから出てくれば当然いくつか視線を感じたが無視だ。
 大股で店の自動ドアを出て車に向かう。外の風が?を撫で、一二三が恐る恐る顔を上げた。
「…………女は?」
「店の中にしかいねーよ。もう大丈夫だ」
 車の横まで来て降ろした。肩に隠れながら周囲を確認して恐れるものが何もないとわかると途端に一二三の背筋が伸びる。切り替わりが早い。
「いやー、めんごりーぬ!めっちゃくちゃ焦っちった!」
「アンタ女の前じゃいつもああなのか?」
「仕事用のスーツ着るとスイッチ切り替わって平気、むしろ女の子大好きになるんだけどさぁ」
 性格が急変したとしても同じ人間だ。平気なんて言っても無理に恐怖心を抑え込んでるだけなんじゃないか。
「でも中王区の前では私服だったよな。しょっちゅうこんなことやってたら安心して生活できねぇだろ」
「うーん、まぁ、この辺はマジで女少ないからちょっとくらいなら大丈夫だし、テリトリーバトルも独歩や先生と一緒だからいけっかなーって。今日は完全に頼れる人いなくてトイレに立てこもってからこの後どうしよう!って思ったけどさ」
 たまたま大丈夫じゃないところに遭遇したからか弁解も迂闊にしか聞こえない。
 深く息を吐いてひとまず車に促した。マンションはすぐ近くだけど、元から行き先は同じだ。
 一二三はポケットに財布と携帯を突っ込んだだけの軽装で助手席に収まった。
「そういや買い物は良かったのか?何も買えなかったろ」
 尋ねると「アッ」と言って金色の髪に両手の指を突っ込んで大袈裟に頭を抱えた。
「油買い忘れたー!!」
「油?俺が行って買ってこようか」
「昼飯作ろうと思ったら切らしててさ。……蕎麦でもいい?」
 もちろん。きっと蕎麦も美味い。
 そのままマンション手前の駐車場に車を入れて二人で歩いて部屋に帰った。
 キッチンにはフライパンだけ出してあって、結局使われないまま鍋に置き換えられた。
 鍋に水を張って沸かし、乾麺を茹でる。具も湯を沸かす間に手早く用意されると手伝うことがない。手持ち無沙汰で声を掛けたら笑われた。
「気ィ遣わなくていいって。フツーにダチんち遊び来た気分でさ」
 そうは言っても一応は仕事の延長のつもりで来ている。昔馴染の寂雷でさえ今では理由がなければ会いに行かない。
 それに、
「……そういや、ダチの部屋で時間潰すって慣れてねぇんだよな」
「マジで?俺っちなんか毎日学校終わってから独歩んち行って漫画読んだり散らかってる部屋勝手に片付けたりしてたぜ?」
 一二三の言う過ごし方はどちらかといえば弟の部屋でやったことがある。友達でもそういう遠慮のない過ごし方をするのか。
 小学校の頃は弟たちのことで友達どころじゃなかった。
「ガキの頃は先に授業終わって待ってる弟と一緒にすぐ下校したり……帰ったら二郎に宿題やらせて、丸つけして、三郎の遊びに付き合って……なんてやってると学校の外でまで遊ぶことあんまなくてさ」
 施設に大人はいたけど収容定員を超過気味で全ての子供に目が行き届いているとは言えなかった。そんな中で自分の弟は自分で面倒を見ると決めて世話を焼くと、放課後に友達の家に行くような時間はなかった。
 友達はいたけど学校の中で遊ぶだけ。放課後どうしても俺と遊ばなきゃ困るってヤツはいない。子供なりの適度な付き合い方が出来上がっていたからそのことでハブにされたりすることもなかった。買い物に出た先で親にお菓子を強請る友人の姿を見かけたときは気持ちが揺らがないでもなかったけど。
「マジ母じゃん」
「俺はアイツらの兄貴だしな。中学の頃は部活もやんなかったから、施設の中で年長の子供が買い出しとか手伝ってて、よく行く肉屋のシングルファーザーと仲良くてさ、『仕事と家事と育児していたらやる暇なくて趣味の道具売っちゃったよ』って愚痴聞いてやるとコロッケをおまけしてくれた」
 ガキには不釣り合いな思い出話を笑うかと思った一二三は笑わずに蕎麦を器に盛りつけ、たっぷり汁を注いで具を乗せる。出汁のいい匂いがガラスのローテーブルを前にした俺のところまで漂ってきた。
 できあがり、という声で腰を上げて箸と丼を取りに行った。あり物で作ったというが家で作るのより具が多い。じめじにかまぼこ、ほうれん草と刻みあげ。
 二人分運んでテーブルに並べると調理器具をシンクに入れて手を洗った一二三が傍に来て座る。一緒に手を合わせて箸を取った。
「いっちんコロッケ好き?」
「コロッケもメンチカツも好きだし……」
「揚げ物?」
「肉入ってりゃなんでも美味い。ハンバーグとか餃子とか」
「やっぱ若者だな。おれっち揚げ物すんのは好きなんだけどそろそろ年齢的にしょっちゅう油っぽいもの食う気になんなくてさ」
 そういえば三十路とか言ってたっけ。職業柄か肌は綺麗にしているし、明るいこっちの人格は喋りも年上という気がしない。外からじゃどこが衰えているんだか悟る余地がない。
「それで作るから食べに来いって?」
「ピンポーン」
「同情はいらねぇよ。もうガキじゃねぇんだから」
「何歳でもいいじゃん。二十歳でも三十路でもさ。お兄ちゃんがんばってんな、って思ったから何かしてやりたくて……」
 ふとソファの端で短いバイブ音がした。一二三の携帯に何か通知が入っている。続けて二つ。メッセージアプリの新着通知だ。
 首だけ向けてディスプレイを確認した一二三の顔色が僅かに曇った。
「あ……ちょっとごめんな」
 断りを入れて携帯を手に取り、通知画面でメッセージの冒頭文を読んで意識的に息を吸って吐いてしてからメッセージアプリを開いた。そのまま返信を打とうとする手の動きがおぼつかない。スマフォの入力が苦手なわけじゃない。リアルタイムで連絡を取り合うときのレスポンスは俺より早いぐらいだ。
 何か様子がおかしい。
「……客っすか」
 あまり突っ込むべきじゃないだろうと思いながらも尋ねた。
「うん」
「客から連絡来たら一日中即レスしてんすか」
「そういうマメすぎる男はあんまモテないよー」
 じゃあなんで今はすぐに返そうとしてるんだ。完全に手が止まってしまってるくせに。
「広神?」
 あからさまにビクついて手から端末が落ちかけた。こっちは丼の上に箸を置く。
 じっと見つめると顔を上げた一二三の顔に、心なしか色の抜けたような笑顔が張り付いていた。こちらの一二三らしくない、透明だけど強固な壁を感じる。
 ラグに片手をついて身を乗り出し、一二三の腕をつかんで手の中のスマフォを覗き込む。案の定、広神とのメッセージが表示されていた。
 仕事の休憩時間らしい。“会いたい”の文字。少し上に行くと女の自撮り写真がある。会わない時間も忘れないでとか、いつが給料日だとか、残業を増やすからとか、そういう内容が続いていた。
 一つ一つはそう追い詰められるような内容じゃない。でも一二三が返した体調や生活を気遣うメッセージにはろくに取り合わず、会いたい気持ちや好意を押し付けるような内容が目立った。
 横から手を出してスクロールし、更に数日遡る。また写真。写真が出てくると一二三の手に力が入る。そういえば今はスーツを着ていない。文面だけならまだ平気のようだが写真で女の顔が見えると多少は辛いらしい。
 スマフォを握る手の下から手を添えて俺の方に引き寄せ、スクロールを続ける。一二三の視線から外してやると、少しだけ手の緊張が和らいだ。
 勢いをつけて何日分も遡ると彼女を店から遠ざけた際のやりとりが出てきた。頑なに会いたがる彼女を宥めすかして、メッセージだけでも愛してると思わせてほしいと言われて承諾している。その後を追うと、レスが遅かったタイミングで“やっぱりお金使ってくれる子がいいんだ”というメッセージが入っていた。それからだ。写真や好意を並べ立てる言葉があからさまに増えたのは。女をアピールした写真は、中には胸を強調したきわどいものもあった。あまり品のないことをしないよう返信で釘を刺さしているが、これがエスカレートするとキツイな、と第三者の立場でも思う。
 どうせ金払いが怪しい客だ。この状況を店に伝えたら店側からも切るよう言われるんじゃないだろうか。
 最新メッセージまでいっきに戻してから一二三の腕を放した。
「飯、食ってからにしようぜ」
 どう見ても気軽に上手いレス出来る様子じゃない。でも一二三は首を横に振る。
「既読ついちゃってっし」
 そういうことを気にし始めたら親しい間柄のやりとりだって面倒くさくなるもんだ。やめろと言いたい。でも、来店拒否代わりの妥協案としてこういうことになっている。俺が来店させるなって言ったからだ。
 たっぷり時間をかけてなんとか返信し、箸を持ち直した一二三は元通りの顔で蕎麦を啜り始めた。先に食べ終わって様子を見ているとまた「見つめられると照れる」と言われて視線を外す。
「いっちん俺っちが飯食ってるとこ好きすぎじゃね?」
「違ぇよ。……アンタ、そんなに女が苦手なのになんでホストやってんだ」
「別に苦手だけど世の中の女全員嫌いってわけじゃねーのよ。俺っちのこと好きになってくれた女の子たちはちゃんと大事にしたいって思ってっし」
「だからって、そんなしんどそうにしてまで」
 同じこと独歩にも昔言われたわ、と笑って、今俺が向けた心配まで過去と一緒にされる。一二三がホストになってからもう何年も経つ。付き合いの浅い俺が気にするようなことはとっくに通過してるってことだ。だけど、過去にも似た経験があったからといって上手くやり過ごせるようになっているとは限らない。
 依頼を受けた以上、広神のことは何とかしなくちゃいけない。だけど今目の前で苦しんでいるのは一二三の方だ。
 蕎麦を食べ終えて箸を置いた一二三は行儀悪く背もたれにしたソファに体を反らし天を仰いだ。瞼を下ろすと表情が消える。食事の温かさで白い頬がうっすらと赤みを帯びていた。
「いざとなったらスーツ着てホストモード入ったら大丈夫だし、あの子のことも不幸にはしねぇから」
 彼女が不幸にならない代償をアンタが払うつもりかという言葉が喉元まで出かかった。口には出さなかったのに、ソファに伸びたまま目を開いてこちらを横目ににやりと笑う。
「いっちんだってしんどいな、って思ってても信念は曲げねぇタイプっしょ?俺っちもだよ」
 おそろい、と子供みたいな言い方をする一二三に肯定も否定もできなかった。
 マメに広神の状況を確認している依頼主によれば、最近は借金を増やしてはいないらしい。俺から依頼完了とは告げていないのに当初の目的が半分果たされた依頼主からお礼のメッセージが届いていた。まだ何にも解決してないのに。
 食器類の片づけは今日も俺が請け負う。一二三は疲れた様子でソファに転がっていた。
「あの、さっきの飯の話なんだけど」
「んーなになに?コロッケ?」
「ああ。今度から買い物すんなら一緒に行くか俺がお遣いやるよ。メシ食わしてくれるんだろ」
「自分の仕事あるときは無理しなくていいんだぜ?」
「もちろんお互い都合いい時だけな。どうせ俺も大体一人で適当に昼済ましてんだ」
 このままじゃ昼を迎えるたびに女からのメッセージを青い顔で見つめる一二三の姿が頭に浮かんでしまいそうだ。
 女と関わる際に頼れる相手が傍に居ればマシのようだったから、自分が少しでも支えになれるなら。
「じゃあいっちんが午前中の仕事急いで終わらせよって思うぐらい上手いメシ作ってやろ」
 オフモードの一二三の喋りにホストモードの際のような重さはなくて、全部が冗談みたいに軽く響く。上っ面ほど軽くないくせに、場を明るくしておきたいのかもしれない。
 だけど今はその明るさに上手く乗ってやれない。一二三に背負わせてしまったものをどうにかする方法を模索するのに頭が忙しくて。
 ソファの陰でまた短いバイブ音がして、死角にある携帯を睨みつけた。