焼肉回へのイントロ/オールキャラ/3447

※焼肉回が見たいので、焼肉回の導入にお困りの際はどうぞご遠慮なくこちらをお使いください。カップリング要素はありません。

◇イケブクロとシンジュク

 中王区と外を隔たるゲートを抜け、女の巣窟を出て慣れ親しんだ空気を吸った途端に二郎の腹がぎゅるると鳴って注目を集めた。弟の三郎は蔑む目、兄の一郎は苦笑。そしてタイミングが合ったので一緒に中王区を後にしてきたシンジュクディビジョン代表の大人たちは微笑ましく目を細めた。
「二郎、お前が寝坊なんかするから充分に食べられなかったんだぞ」
「うっせぇな、テメェはちゃっかり先に行って食ってたくせに!」
「起こしても起きなかったんじゃないか!」
 ホテルでも交わしたやり取りを再演する弟たちに漏れる深いため息。
「お前らすぐ喧嘩するのやめろ。二郎は自業自得だが、もうそろそろ昼だからいいじゃねぇか」
 朝食はホテルで。帰りの荷物をまとめてからそれぞれのチームがメディアの取材を受けて、遅めのチェックアウトとなった。そろそろ飲食店もランチタイムの営業を始める時刻だ。
 口元に手を当てて寂雷が品よく笑う。
「そうですね。少しお腹が空く頃ですね」
 隣に視線を流すとゲートを抜けた途端スーツのジャケットを脱いだ一二三が子供のように元気よく手を挙げる。
「はーい!俺っちも腹減った!折角だからどっかで食っていきましょーよ、せーんせ!山田ブラザーズも一緒にさ」
 くるりと振り向いて一郎にウィンクを飛ばす。山田兄弟の意思決定権は長男にある。
「そうだな、たまにはいいか。なぁ、二郎、三郎」
 弟たちは兄が言うなら仕方ない。反対は言わない。
 寂雷は腹をさする二郎をちらりと見て微笑みを深め、頷いた。
「いいですね。では今日は私が奢りますよ」
「そんな、寂雷さん。悪いっすよ」
「遠慮は要らないよ、一郎くん。この間のバトルの賞金もありますし」
 兄弟三人となると流石に申し訳なく思うが、そもそもの経済力が違う寂雷にそう言われると遠慮のし過ぎも失礼か。素直に「ゴチになります」と頭を下げた。
 ゲートを出たそこはイケブクロだ。少し歩けば店もいくらでもある。寂雷の車は駐車場に置いたままで近場の店に入るために六人でぞろぞろと移動する。
「なーに食おっかなー」
「先生、俺たちの分は自分で出しますから」
「いいんですよ、独歩くん」
「この人数入れて美味えとこつったらどこだ?」
「俺肉食いたい」
「二郎はもっと遠慮しろよ。奢ってもらうんだから」
「うっせぇな!」
「お前ら喧嘩すんなって言ってるだろ」
「あーいい匂い!たまには焼肉食いてぇな。独歩ちんの胃袋だいじょーぶ?」
「何で年長の先生より俺の心配するんだ」
「だって最近和食が一番胃に優しいとか言ってんじゃん」
「焼肉屋さんにもサラダやスープもありますからね」
 歩きながら行き先が決まり、一行は焼肉店に入った。まだ人の疎らな店内で席に案内される途中、兄弟から少しだけ歩くスピードを落として三人の大人に近づいた二郎が控えめに礼を言う。
「……あざっす」
 それからすぐに大股で先を行く二人を追って先に六人席の片側を埋めた。
「なるほど。一郎くんは良い指導をしてますね」
 一二三と独歩が目を見合わせて破顔する。これだから普段が生意気でも憎めない。ついつい顔を綻ばせたままで空いている席に座ると、
「どうしたんすか?」
 一郎が不思議そうに首を傾げた。

◇ハマとシブヤ
 テリトリーバトルがバトルだけで終わるならまだマシなのに、と左馬刻は思う。女の手の上で見世物にされるのは癪だがラップバトルそのものは嫌いじゃない。歯応えのない連中とやり合うよりディビジョン代表とやる方が断然面白い。
 だが、毎回勝負の前日から中王区入りせねばならないし、帰るのはバトルを終えた翌日。二泊三日で空き時間に取材や宣材の撮影が入る。一応は報道用の取材が主だが、場合によってはチャラチャラした雑誌もあった。内容次第で断れるものは断っているが。
 ヨコハマは他のチームに比べてもそうしたタレント扱いの取材申し込みが少ない方だが、決勝に残ったり、あまつさえ優勝なんかすれば当然コメントを求められたり撮影があったりと忙しくなるものだ。
 的外れな質問を投げかけられてイライラ回答したりさせたりしてやり過ごし、やっと切り上げて壁の外に出ることができた。出て早々に煙草に火をつける。取材中は喫煙チャンスがなく、女の根城じゃ歩き煙草も厳しい。
 煙と一緒にイライラを吐き出したら気まで抜けた。
「あークソ、腹減った」
 そんな呟きも無意識だった。意識していたら理鶯の前でそんなことは言わない。完全に油断して、信じられないという銃兎の顔を見て失言に気がついた。
「あ、いや、これは違うっ」
「そうか、左馬刻は腹が減ったのだな。任せてくれ。これからすぐに獲物を捕獲してみせよう」
「待て、そういう意味じゃなくてだな」
 ぱぁぁ、という可愛らしい効果音とともに理鶯の背後に花が飛ぶかのようだ。端正な容姿で穏やかに笑いかけたこの後に小動物や爬虫類両生類、野生の鳥類を捕獲して捌くなんて思えない。でもやるのだ。この男はいつも本気だ。
 二人がいつも結局逃げ損ねるいつものゲテモノ料理を食わされるのかと思ったその時、背後のゲートから大声で呼びかけられた。
「りおーさーん!奇遇っすね!」
 シブヤの有栖川帝統である。コイツは理鶯のゲテモノ料理を喜んで食べる奇人。いや、この場においては救世主か。
 駆け寄って来た帝統の肩を左馬刻ががっちり捕まえる。理鶯に話しかけたつもりがまさかのやくざに絡まれた帝統はやくざに追われる心当たりが多分にあるので瞬時にどこの金融の取立てかと身構えたが、そんな話ではなかった。
「おいお前、腹減ってねぇか。減ってんだろ。今から理鶯が飯食わせてくれるっつーから行ってこい」
「え、マジっすかー?あざっす!所持金全部中王区内ですっちまってすっからかんだったんすよー!」
 本当に本心から喜んでやがる。しかしこれこそ需要と供給の一致だ。コイツを人柱にすれば俺たちは逃れられる!
「では一人分追加だな」
 一瞬の希望は潰えた。
「いや、理鶯。俺は大丈夫だ」
「問題ない。丁度先日狩った猪を干し肉にしたところだ。三人分でも四人分でも遠慮は不要だ」
「そいつぁ大事に備蓄しとけや!おい、銃兎。テメェもなんか言って……」
「いや、俺も腹が減った」
 まさかのセリフに左馬刻は目を剥いた。気が狂ったとしか思えない。
「嘘だろ……今なんつった」
「俺は、腹が減った」
 耳を疑った。銃兎はそのよく通る声ではっきりと、間違いなく繰り返した。
「銃兎ォォォォ??」
 仲間の重大な裏切りに左馬刻が咆哮する。対する理鶯はにっこりだ。
「そうか。ではすぐ小官のベースキャンプへ向かおう」
 心なしか軽い足取りで駐車場に向かって歩き出した。その迷彩柄の襟に赤い革手袋の人差し指がかかる。
「待ちなさい理鶯。私は今とても空腹で、ヨコハマまで待てそうにありません。つまり、」
 早口にまくし立てて切り札を抜いた。財布の中から。突きつけたのは焼肉店のクーポン券だ。普段なら進んで行くことはない店だが、上司に押し付けられて仕方なく受け取ったきり財布に入れっぱなしになっていた。
「近場で食べましょう」
「でかした銃兎ォォォォォ??」
 一発形勢逆転。理鶯は眉尻を下げたがファインプレーだ。二人の仲間の間に飛び込んで肩を抱いた。善は急げだ。理鶯がその辺の鳩の群れでも見つけるまでに店に入らなければ。
「焼肉っすか!いいっすねぇ!」
 背後からさっきと変わらぬ調子で声を掛けられてもう一人の存在を思い出し振り返る。無一文の男がゲテモノ飯をご馳走される時と同じ笑顔でそこにいた。
 払う金はないはずだが完全に一緒に行くつもりだ。横目で理鶯を確認する。
「……………………仕方ねぇ、今日は俺の奢りだ!」
「あざーっす??」
「わーい!左馬刻太っ腹?!」
「小生は焼肉は服に匂いがつくので得意ではないのですが」
 背中に飛びつく飴村乱数と背後に控える夢野幻太郎。帝統がいるということはその仲間たちもいるのだ。テリトリーバトルを終えて帰る時はチーム三人揃ってというルールだ。
「おい、テメェらの分まで奢るなんて言ってねぇぞ」
「え?、さまときさまいっぱいお金持ってるじゃーん」
「テメェらだって稼いでんだろうが!」
 揉めている間にも理鶯が電線のスズメに視線を投げた。チェーンの焼肉屋で奢るか森の中で虫だのネズミだのが入った料理を食わされるかの二択だ。
 急かすように帝統の腹が鳴った。文無しのくせに。
「ああクソッ!全員付いて来いやぁ??」
「あざーっす!」
 焼肉屋に六名様ご案内である。