ザワイケブクロ/二郎/8374

※原作の設定など知らぬ。
※二郎が一郎の母校である不良男子高を仕切っている設定。
※名前のついたモブがやたらいます。誰もラップはしない。

 タイヤに鉄くず、空き缶、角材、外装が割れてなんだかわらかなくなった小型家電。
 トレードマークのキャップをタオル鉢巻きに変えて長い襟足を括った二郎はゴミの山から自転車のタイヤを引きずり出しながら深くため息を吐いた。
「なんで俺らがゴミ拾い……」
「そらジロちゃんがそう決めたからっしょ」
 隣で自動車用のタイヤを転がしていた野田が手を止めて答える。タイヤはどれも内側に雨水が溜まっていてちょっと動かしただけで水をまき散らし、ゴミ拾いチームはみんな足元を泥水で汚している。最初から長靴で参加している連中はまだいいが、二郎と同行したチームはみんなスニーカーや革靴だ。まさか負けると思っていなかったから。
 今日はお日柄もよく、ゴミ拾い日和である。
 スキンヘッドも、モヒカンも、金髪、青にピンク頭、ドレッド。柄シャツに鯉口。ジャージに派手なTシャツ。じゃらじゃら揺れるネックレス、ピアスに指輪はメリケンサック並みの存在感。平均的な高校なら全員校則違反で指導室行きのような見た目の高校生たちが軍手をして社会奉仕活動に勤しんでいる。別に彼らの高校が生徒の自由を尊重しているわけではない。不良高校と承知で入学する生徒しかおらず、不良高校と承知で志もなく赴任する教師しかいないので校則というものが機能していないだけである。
 そんな生徒たちを監督する立場の大人が匙を投げた学校が無法地帯かというと、そうでもない。一般常識からすればどんなに贔屓目に見てもやはり無法地帯だが、不良たちの間にも秩序ってものがある。それが学校のトップ。喧嘩の腕と人望で頭に君臨する、古風な言い方をすれば番町格。現在、その座は山田二郎のものだった。校内にいくつか存在する派閥、その幹部全員が二郎を頭と認め、信頼し、支えている。それがこの学校の秩序だ。
 遡ること二週間前。イケブクロの北に位置する公園にゴミの違法投棄で近隣住人が困っているという話が二郎の耳に届いた。とはいえ山田二郎はイケブクロの区長でもなければ自治会長でもない。最初はただの雑談で、悪いヤツがいるもんだな、で終わった。本来的にはそういうのはお役所が動くべき仕事だ。仲間の家の目の前ってわけでもない。
 だが、そんな噂話を聞いた二日後にゴミ山でボヤ騒動が起こった。愉快犯による放火だ。幸い大事に至る前に消し止められたが、通りかかりに見つけて消火しようとしたラーメン屋の店主が怪我を負って当面休店。店は汚いが安くて二郎の仲間たちもよく通っているラーメン屋だった。不良連中が食べに言っても嫌がらず、金がなけりゃラーメン代の分、皿を洗っていけばいいという爺だ。家の貧乏な奴は特に世話になっていた。
 不良にも何種類かのパターンがある。人生のどこにも不満はないが喧嘩が好きで不良という枠に収まったやつ、社会への不満から真面目に生きることを放棄した奴、家庭事情や生活環境のせいで不良の輪の中にしか居場所を見つけられなかった奴。社会に不満がある奴や生活環境に恵まれなかった奴には貧困層出身が多い。そもそも、戦後復興が進んで世の中が多少落ち着いたところへ女だけのテロ集団が政権を取ってH歴が始まって以降、女だけが住む中王区を囲む壁の外、男を中心とした街の治安は悪化していた。公共事業や福祉は中王区と女優先。男の多い地区は道路のアスファルトがえぐれたってなかなか補修もされない。街も、そこに住まう住人も金がない。人情家の爺だって金もないのに貧しいガキが飢えないよう見守ってくれていたのをみんな知っている。
 元々あまり儲かっていないラーメン屋が休業となれば爺の余生にも係わる。仲間と世話になった相手への義理は忘れないのがブクロの不良だ。
 号令待ちする仲間の前に立った二郎は指を三本立ててこう言った。
「俺らの仕事は三つある。まず、ラーメン屋のバイト。爺に監督してもらって器用な奴何人かでバイトすりゃ店開けられンだろ」
 そこで一人が手を挙げた。喧嘩はさほど強くないが炊事は得意という男だ。そいつを二郎が指さして「頼んだ」と言えば速やかに決定となる。ラーメンリーダーが決まったことで仲のいい数名がラーメン担当となった。
「次に、ゴミの片付け。犯人にさせられりゃいいが、まぁ難しいだろうな。……んで、後はゴミ捨てやがった連中と放火犯をぶちのめすこと」
 三つ目の仕事が告げられると大人しく聞いていた集団が湧き立つ。一番の得意分野だ。全員ゴミの片付けより犯人退治したいに決まってる。だから二郎はルールを決めた。
「今からグループごとに犯人捜しだ。捕まえたチームはゴミ拾い免除。それ以外はみんなでゴミ収集な!」
 よーい、ドン。手を叩くのと同時に集まっていた不良たちは一斉に飛び出していった。二郎も犯人捜しのプレイヤーだ。派閥を持たずに二郎に直接付き従っている仲間と悠々スタートを切った。勝算がある。萬屋を営む兄の手伝いや独自に築いた情報網を駆使すればゴミ投棄犯か放火犯のどちらか片方ぐらいは捕まえられるだろうと。
 そう思っていたらあっという間に決着がついた。どちらも肉体言語でしか対話できない連中だったので二郎の前に引きずってこられた時にはゴミ拾いなんかできる状態ではなかったが、口は利けたので各自の罪を認め、冤罪なしのゲームセットとなった。ブクロの少年たちは小回りが利いて有能なのだ。
「男が自分で言ったことは曲げられねぇよなぁ」
 鉄骨を運んでいた内山が歌うように言うと文句も言えず、二郎はヤケクソで自転車タイヤの束を担いだ。負ける予定がなかったからスニーカーを履いてきてしまった。お陰で靴下まで濡れて気持ちが悪い。
 しかし治安悪化によって人の寄り付かなくなった公園に大量に投げ捨てられたゴミも力のある男が大勢で片付けると進みも早い。目に見えて片付いていくとやりがいもあるってもんだ。
 最初はみんな嫌そうだったが、二郎もゴミ集めしているとなればやらないわけにもいかない。やり始めて体を動かしていると、ちょっとした宝探しのようでもあって、今日だけならまあいいかと思えてくる。校内で特に意義もなく喧嘩しているよりよほど健康的だ。顔を見れば職質してくるいつものお巡りも気持ち悪いものを見る目で見ながら自転車で素通りしていった。それをみんなで笑い、和やかに作業が進む。
「お、兄ちゃんがトラックで来てくれるってよ」
 小休止中に二郎の携帯に連絡が入った。兄がゴミの運び出しに加わるとの連絡だった。留年して免許を持っている仲間がトラックでゴミ処理場との往復をやっているが、もう一台あると助かる。兄も話を聞いて知人からトラックを借りてきてくれたのだ。
 二郎の兄の参戦は物理的に助かるだけじゃない。兄、山田一郎が来ることが知れると不良集団が活気付いた。何しろ、二郎の先代でありブクロの伝説と呼ばれる男だ。圧倒的な力とカリスマ性で荒くれ共をまとめ上げていた一郎の卒業後、後を継ぐ人間が決まらず混沌の時代が訪れた。喧嘩が強い奴、人望のある奴はそれぞれいたが、誰もが認める男はいない。山田一郎を求める群集が他の誰かを認められるわけがなかった。
 そこへ入学したのが二郎だった。一郎の弟というだけで一目置かれ、値踏みされ、兄貴のような威厳がないだのなんだのと侮られた。卒業する際に一郎は「弟が入学するが、卒業した後の俺は関与しない」と宣言していた。二郎と喧嘩したけりゃ遠慮は要らないってことだ。兄貴の顔色を伺って遠慮なんかされるのは二郎にとっても本意じゃない。初日から喧嘩を売られ、兄のお下がりの学ランを埃だらけにして帰った。そこから一人、また一人と仲間を増やして認められ、一郎のような尊敬の的にはならなかったものの、助けてくれる仲間の多いリーダーになった。そこに至る細かな経緯はまた別の話だ。
 そんなわけで、直接山田一郎を知る奴も、世代が違ったために噂にしか知らない奴も、カリスマOBの参加を聞いて大喜びした。
「マジかよ、あの一郎さんが来てくれんの?」
「兄ちゃんもあのラーメン屋には世話ンなってるし是非にってさ」
「やべー!もう帰りたいと思ってたけどやる気出てきた」
 袖をまくり上げて力こぶを作り、休憩を切り上げて壊れた洗濯機に突進していく。まだまだ先代にはかなわねぇな、と二郎は笑った。
 それから数分。公園前に車が止まった。運搬担当の仲間のトラックじゃない。薄っぺらなシルエットのスポーツカーだ。
「何?一郎さんきたのか?」
「あれトラックじゃねぇから違うんじゃねぇの?」
 ざわめく中、車から降りてきた三人の男が作業中の公園に一直線に歩いてくる。その顔を見て野田が「ゲッ」と声を漏らした。
「知り合いかよ」
「…………カノジョの元カレ……的な?」
「ハァ?」
 詳細を聞く前に一行は公園のど真ん中で空き缶を拾っていた野田のところまで迫り、タバコ片手に巻き舌で絡み始めた。
「おぉい、野田くぅん?テメェふざけたマネしてくれたなぁ?」
「知らなぇな。なんの話だ?」
「すっとぼけんなよ?!サオリのことだよ!」
 囲むみんなの仕事の手が止まった。面白そうな騒ぎを無視して働くほど真面目じゃない。
 どうも野田が元カレと言った男は女と別れたつもりがないらしい。寝取られてブチ切れているのは誰か目にも明らかで、冷やかす全員が事の真偽に興味がなかった。野田が何を主張したって確かめようもないし外野が援護してやるような問題じゃない。
 渦中の野田だって今ここで騒がれるのは迷惑だ。顎をそびやかして一歩前に出る。
「俺は彼女がフリーだって聞いて付き合っただけだっつの。文句あんなら聞いてやるからまた今度にしてくんない?」
「今度だ?!ざっけんなテメェ!」
 コイツ場を収める気があるのか?と二郎は思う。仲間としては義理堅くて良い奴だけど、女好きでしょっちゅう付き合っては不誠実さを咎められて振られている。今回だって問題の女とも長くはなさそうだ。
 早々に飽きて作業に戻ることにした。二郎が働けば周りも作業に戻るから率先してやらねばならない。
「マジで俺は頭きてんだよ!」
 野田の小脇に置いたゴミ袋が蹴飛ばされる。折角集めた空き缶が飛び出てあたりに散らばった。クソ、拾い直しじゃねぇか。
 その元カレ男を支援するように連れの男も公園の入り口付近に積み上げた雑誌の山を蹴り飛ばす。それは二郎が集めたものだ。崩れた際に一部のページがバラバラに崩れて紙が吹き飛ばされていった。
「……おい、テメェ」
「あ゛?」
 雑誌を蹴り飛ばした男の肩を掴む。男は不機嫌そうな振り向き、喧嘩に邪魔な煙草を投げ捨てた。その煙草は幸いにも紙の上には着地せず、引火も免れたが二郎の怒りはきっちり燃え上がった。
 喧嘩なら来いよ、なんてポーズをとる間もなく大きく爪先でカーブを描いた泥だらけの足が男の頭を蹴り飛ばした。ガードなんか間に合わない。吹っ飛ばされてゴミ袋が積まれた山にダイブする。口の結び方が甘かった袋が開いて中の空き缶が飛び散った。
「火事だしたら危ねぇだろうが」
 地面に転がる煙草を踏みつける。折角綺麗になってきたのに、紙や缶でまた散らかってしまった。また一つ一つ拾い集めなきゃならない。
「オイオイ、何してくれたんだよマジでさぁ。あーあ、上手くすりゃ今日中に終わると思ったのに」
「なんだテメェ!」
「おい、コイツ山田じゃねぇか?」
 頭に巻いていたタオルをとった二郎を見て一人が気付く。ブクロで山田一郎を知らない人間はいないが、不良やチンピラで山田二郎を知らない奴も今では珍しい。
「あ?弟の方じゃねぇか!頭張ってるつっても所詮は高校生。ガキが大人に喧嘩売ってタダで済むと思ってねぇよなぁ!」
 ダボついたジャージのポケットから携帯を取り出し耳に当てた。正面の二郎を睨みながら援軍を呼びに電話を掛ける。一コール、二コール。
 三コール目で相手が出る直前で手の中から携帯が消える。慌てて振り向くと存在感の希薄な細い少年が携帯を操作して通話を切るところだった。即座に殴り飛ばして携帯を奪おうとするが、軽やかに一歩飛び退いて携帯を放り投げる。男が携帯を目で追った先でまた別の少年の手の中にキャッチされた。
「クソガキ共!返しやがれ!」
「まぁまぁ、女の子取られてガキ相手に大勢で殴り込みとかマジダサっしょ?」
「心配しなくても俺ら手ぇださねぇからさ」
 その言葉を証明するように高校生たちは遠巻きに立ち、もしくは座り込み、傍観を決め込んだ。
「クッソ、バカにしやがって……!」
「うっせバーカ!」
 二郎が蹴った空き缶は滑らかな弧を描いて男の顔に向かって飛んでいった。それを紙一重で避けた男が革靴で水溜りを踏みつけて拳を引きながら助走をつける。高さはあるが体は比較的薄く、若い木のような佇まいの二郎に肉薄して指輪でギラつく拳で空を切る。風切音さえしそうな鋭さだったが、それは二郎の服をかすめることさえなかった。
 風にそよぐ柳の柔らかさで避け、前のめりな男の体が最大限に近づく瞬間に合わせてコンパクトなパンチを叩き込む。腹を殴りつけて、怯んだところにもう一発。体制を崩した男が服を掴んで頭を狙ってくるのを片腕でガードして足を払う。耐え切れずに男は地面に転がった。
 一人が沈み込むのと入れ違いに背後に迫る気配を正確に捉えてステップを踏むようにして振り返り、重心を低くして横に跳んだ。ゴミの山から拾った鉄パイプを振りかぶった二人目が空振って地面を打つ。容赦なく土が抉れ、硬い土を叩いた衝撃が鉄パイプを伝って手を震わせる。その痺れを逃す一瞬の隙。そこに踏み込んで小脇をすり抜け背中側から蹴りを叩き込む。顔面から泥水に落ちる背中をダメ押しで泥まみれのスニーカーで踏みつけ、死角から迫る手にシャツを掴ませて間合いに迎え入れた。
 背中に目でもついてるのかと思うような動揺のなさで胸ぐらを掴み返して棒っきれを握る手を片手で押さえ、額を打ちつける。山田二郎は黙っていれば優男にも見られる繊細な容姿に反して額が強い。兄弟喧嘩は頭突きが基本だからだ。弟は兄弟の中でも文化系だから拳で殴るのは可哀想だ。その点頭突きはあっちもこっちも平等に痛いという理屈だ。
 挨拶代わりの一発から頬に拳を食らって頭が揺れる。その勢いに逆らわず上体を傾かせ、反動に腰の捻りを加えて一発、二発、三発。殴り返した。
 インファイトを避けて相手が後ろに跳び、距離を取る。握った角材の長さが届くか届かないか。ギリギリのところで二郎の隙を狙い、風が吹いて長めの黒髪が顔にかかった瞬間に素早く棒を叩き込む。当たったのは遠心力乗った固い先端じゃなく手元の方だ。僅かな振りの瞬間に飛び込んで腕を掴み捩じり上げる。
「う、ぐっ!」
 腕を掴む手を外そうと身を捩ったところでお望み通り手を離した。傾いた体が支えを失ってぐらついたタイミングを逃さず、最大限に腰を捻って蹴り飛ばした。吹っ飛んだ先には地面に這いつくばって起き上がろうとしていた仲間のチンピラ。呻く声も仲間の尻に押し潰されて聞こえなくなった。
「つっまんね」
 殴られて少しばかり切れた口元を拳で拭って吐き捨てる。ガキをバカにしていたようだが、この程度で大人を代表されたら本当に恐い大人連中だって迷惑するだろう。
 全く手を出す様子なく観戦していたギャラリーが手を叩いて歓声を上げる。それには特に応えることもなく、親しい仲間を振り返ると、落としたタオルを拾って埃を払い差し出されれる。
「お疲れ、大将」
「ん。っつーか野田、テメェ!自分の喧嘩のクセに何俺任せにしてんだよ!」
「だってお前が先にキレてちゃ邪魔だべー。……お?」
 ヘラヘラ笑ってのらりくらりしていた野田が道路側を見た。なんだ、結局増援が来たのかと面倒くさそうに見やれば野太い雄たけびの代わりに黄色い悲鳴が上がる。愛想の良い笑顔の友人とは対照的に、二郎は眉を顰めた。

「せんぱーい!大変、大変ですぅ!」
 血相を変えた後輩が叫ぶ。今日はバイトがあるからと明るく挨拶をして先に学校を出て行ったはずだった。それを見送ってから少しばかり職員室に寄って友人と下校途中。角から飛び出してきた後輩がマリカの顔を見るなり大きく手を振って駆け込んできた。
「先輩、ヤバイですよー!」
「何よ、どうしたの?」
「あっちのゴミだらけの公園に何故か野田さんとこの高校の人がいっぱいいて、そこにナカザワさんの車が停まって、なんか喧嘩っぽくなってたんですぅ!」
 それはヤバイ。確かにヤバイ。野田っていうのはこのイケブクロ一帯を仕切る不良高校の生徒で最近遊んでいる男。ナカザワというのはイケブクロの端でバーを経営している男で羽振りがいいから少し付き合っていた相手だ。別に付き合ってくれと言われたわけじゃないから別れ話もしなかったし、自然消滅なんてよくある話。まさかそれで喧嘩なんて。
 それでも交友関係を知る後輩に手を引かれるままに走り出してしまった。知らんぷりして逃げておいた方がいいんじゃないかという案は公園が見えた頃に降ってきたけれど、人工的に配置された樹木に囲まれた公園は予想と違う様相だった。
 しばらく前に見た時には公園の出口まで乱雑に積み上げられていたゴミがいくらか撤去され、いくらかスペースができていた。その真ん中にいたのは野田じゃなく山田二郎。現在の不良高校で頭を張る長身の男だ。相手は、後輩が見てきた通り、ナカザワとその仲間たちだった。何故か野田はギャラリーに混じって面白そうに喧嘩を見ている。お決まりの「私のために喧嘩はやめて」を叫ぶ場面ではなさそうだった。
「すっごぉい」
 公園の手前に立っている看板の陰から様子を伺っていた。敵は二郎より顔が怖くて腕も太い。その上、丸腰の相手に三対一で鉄パイプや角材なんか拾って振り回す。卑怯過ぎてフツウに引く。
 だけど二郎は決定打を避けて余裕の立ち回り。本当に一人で三人を倒してしまった。途中で殴られて口の端に血が滲んでいるのも格好良くて……。
「マリカちゃんたち、どしたの?」
 目敏く少女たちを見つけた野田が手を振り、それと一緒に二郎がマリカたちを振り向いた。ジャガイモみたいな不良集団のトップとは思えないくらい端正で愁いを帯びた目が、ちょっと不機嫌そうにこちらを見た。
「キャー!」
「ヤバイ、こっち向いた!」
 二人で手を握り合ってはしゃぎまわる。すでに彼女たちの眼中に他の男はいない。当然ながら野田も不良男子Bだ。モブだ。
 自分のために戦ってくれてありがとうと声をかけてよい場面だろうか。浮かれた頭で計算している間に公園と彼女たちの間の車道を一台のトラックが通りかかり、ナカザワの車の後ろに停まった。窓を全開にした運転手が公園の人々に向かって声をかける。
「おーい、この車誰のだ?積み込みの邪魔だからちょっとどかしてくんねぇかな」
 待って、ちょっと待って欲しい。マリカの手を握る後輩の手に力が入る。マリカもまた思わず息を飲んだ。
「え、ちょっ……」
 車の向こう側で不良たちが声を揃えて運転手に挨拶する。
「お疲れさんです!」
「すんません!今片付けます!」
 トラックの運転席から公園内の様子を確認していた青年はナカザワから勝手に車のキーを奪って車の運転席に乗る五留ぐらいしていそうな高校生を見送って、それから不意に公園の反対側に視線を向けた。
「や、山田一郎、さん」
 弟の二郎とはまた種類の違う精悍な顔つきで、その名を呼ぶと首を傾げて「毎度」と小さく微笑んでくれる。
「ギャーーーー?」
 絶叫。テレビの中でしか間近に見られないイケブクロ最強の男がそこにいたのである。

 ゴミの撤去には結局二日かかった。元の量からすれば驚異の速さだ。二日には女子高生チームも参加して細かいゴミ拾いを引き受けてくれたのが大きい。運搬車両は三台になった。一台は積載量の少ないスポーツカーだったが、車はそれしか持っていないと言うので仕方がない。
 男ばかりの不良高校に通い、出で立ちからして女受けしない男たちは女子の参加に浮足立ったが、ほとんどが山田一郎のファンだった。どのみち現役のトップである二郎が睨みを利かせていて、今回の作業中にまた女絡みのトラブルを起こしたら死刑と決まっていた。それでもみんな真面目に働き、帰りにはラーメン屋に寄って帰った。陽の高いうちに作業は終了し、男子はチームごとに打ち上げに。女子は一郎の「気を付けて帰れよ」の一言に声を揃えてよい返事をして素直に解散した。
「やっぱ兄ちゃんにはまだまだ敵わねぇな」
 兄の桁外れの求心力を久しぶりに目の当たりにして唸る二郎の横で呆れ目の野田が「そうね」と同意を示す。最近付き合ったと思った彼女に言葉もなくフラれ、現在フリーである。