何番目/アレ珂波/3553

 あの日から、BAEと同じステージに立ったあの時から、珂波汰には二番目に好きなヤツがいる。
 物心ついてからずっと一番は双子の兄弟。残りは全部どうでもいい奴。順序はない。俺ら兄弟はそうだった。
 一時的に仕事や飯をくれたり同じ軒下で過ごす人間はいるけど、どうせすぐ縁が切れる。優しくして俺たちが油断したところで裏切ったり、そいつ自身が他とのトラブルで消されたりする。
 元々スラムはおキレイな街のマンションとは違う。殺人も誘拐も放火もしょっちゅうで、隣人はすぐ入れ替わる。なんとなく顔を知ってる住民はいても信頼関係なんてない。みんな自分が生きていくのに手一杯で、不都合があれば平気で隣のヤツを売り飛ばす。
 そんな生活で二番はない。俺は今も珂波汰しか信じないし、他はどうでもいいんだ。
 でも珂波汰は、

 クラブパラドックスの運営の正体もわからないまま二回戦の招待状が届き、復活して日の浅い建物に続く桟橋を渡った。
 顔見せの初回、俺たちが参加した一回戦に続いて三回目だけど相変わらずの大盛況。一夜にして出現した怪しい建物だってのにみんなよく来るよな。俺たちもだけど。
「おい、俺たちの時より客多くね?」
「んー、気のせいじゃね?」
 いい加減な返事をしてみたものの、確かに人口密度は上がっているかもしれない。キャパを遥かに超える人が集まって会場前に屯していた。
 マスコミの数も増えてるし、勝手に出場チームの海賊版音源を売る露天商やサイファーの輪もあった。
「気のせいじゃねーって!こっち見てるヤツも多いし」
「初戦負けのコズメズじゃん、って?」
「那由汰……」
「すげー気にしてるクセに」
 揶揄うと背中を丸めて転がっていた空き缶を蹴飛ばした。
 初戦は俺たちcozmezと3MCチームのBAEが当たった。俺たちらしい最高のパフォーマンスができたと思ってるけど、結果は負け。
 久しぶりの負けだ。これまで賞金のかかったラップバトルに参加して勝ちを積み上げてきたのに。パラドックスライブに選ばれたMCチームは別格だった。
 BAEの、特に、トラックメーカーのスザク。
 “Ambitious”の力強いフローと共に一直線に腕を振り抜いて宙を切り裂いた。伸びた指先から眩い炎の翼を広げた鳥がオーディエンスをなぎ倒す勢いで駆け抜け、珂波汰のことを貫いた。隣にいた俺にはそう見えた。
 三人の真ん中で客席を煽るスザクの胸には重量感のあるファントメタルが揺れている。
 俺たちのライブに欠かすことのできない幻影はファントメタルから生み出される。朝、体温、鼓動。パフォーマンスする、その時のコンディションを如実に反映して、従来耳にしか訴えられなかった音楽に視覚や肌触り、匂いの幻さえも与えた。
 拡声機みたいなもん。なくてもラップはできるけど、人間の声帯の限界を超えてオーディエンスを揺らすギア。
 自分の音楽に自信だか誇りを持ってるスザクは、最悪メタルなしでもステージをやり遂げる気でいたらしいけど。けど、俺は幻影込みの完成されたパフォーマンスが見られて良かったと思った。
 珂波汰の目がキラキラしてたから。
 ま、スザクのメタルをパクって一悶着起こした張本人が珂波汰なんだけど。
 帰りの道すがら、「メタル返しておいて良かっただろ?」って言ったら珂波汰悔しそうな顔してた。
 俺たちは賞金で儲けるためにラップをやってたけど、それでも珂波汰はヒップホップが好きだ。例えライバルの音楽だって、イイと思ったらその気持ちに抗えない。
 オーディエンスの歓声は一聴には判断がつかないくらい僅差だった。負けは負けだけど、そう嫌な気分でもなくて、珂波汰なんかメタルを使った数時間後に副作用で見舞われるキツいトラウマ発作──トラップ反応が収まった途端にパソコンにかじりついて次の曲を作り始めた。
 いい傾向だよ。珂波汰の二番目がスザクになっても一番が俺なのは変わらないし。負けるもんか、って強い気持ちはいつだって俺たちの音楽の根源だ。
 今回のバトルは総当たり戦で、一度当たったBAEとはもう対戦予定はないけど、またどこかでやり合いたいなって思ってた。
 次は俺たちが勝つし。
 そういうギラギラした熱を腹に仕舞い込んで訪れた会場前で、あっさり鉢合わせた。
「イタッ!ちょっと誰?!今缶ぶつけてきたの!」
 高い怒鳴り声に振り向くと、ヒールのかかとでアルミ缶を踏み潰したアンズと目が合った。
「まーたアンタたち!!」
「ゲッ」
 BAE御一行サマだ。女装姿がまるきり女のアンズがズンズン大股で詰め寄ってくる。
「あーあーうっせぇなぁ」
「当たる方が鈍臭ぇんだよ」
「蹴った方が悪いに決まってんでしょバカ双子!!」
 胸ぐらを掴まんばかりのアンズの向こうでスザクが面倒臭そうな顔してる。
「おい、アン。それぐらいにしとけよ」
「アレンは黙ってて!コイツらに空き缶投げつけられるの二度目よ?!二度目!!」
「今回は投げてねーし」
「蹴ったらノーカンなわけないでしょ!すぐ減らず口叩いてぇ!」
「まぁまぁ、アン。とりあえず中に入ってからにしましょう。怒鳴り散らすところ、野次馬にSNSに晒されますよ?」
 優しげな様子でアンズの肩を押し留めたのは48っていう、BAEで一番性格の悪い男だ。アンズに詰められたって一歩も退かなかった珂波汰もにわかに警戒して拳を固める。
「キミたちも行き先は一緒でしょう?不本意ながら…」
 スラムの汚いネズミ風情と同行するのが、ってことだ。皆まで言わなくてもお綺麗に取り繕った嫌味な顔な書いてある。
「不本意ならテメェがここで帰ったっていいんだぜ?」
「おや、冗談がお得意なんですね?ユーモアセンスはイマイチのようですけど」
「あぁ?!」
 丁寧に喧嘩を売りながらも仲間の背中を押して俺たちより先にスタッフ専用ゲートから入場し、一足先に衆目を逃れた。抜け目ないヤツ。
 会場入り前から険悪でも主催から特別な配慮はなかった。
 共通のスタッフパスを配られて、同じ通路からフロアに案内された。今日は別のチームのバトルだから俺たち両チームの出番はない。個別の楽屋も用意されなかったからずっと視界に連中がいた。
「コイツらの横で観ンのかよ。まーじサイアク」
 ぼやく珂波汰に、気の抜けた笑いを返すスザク。二人を境界にして五人横並びだ。
「別にいいだろ。ライブ始まったらそれどころじゃないさ」
「だといいけどな」
「退屈はしないはずだぜ。The cat’s whiskersも悪漢奴等もレベルの高いチームだし……あ、そうだ」
 まだ無人のステージ上を眺めていたスザクが振り返る。
「この間の曲、いつ配信始めるんだ?いつも配信しかやってないよな?」
 珂波汰の肩がちょっとだけ跳ねた。
「な、急になんだっつの」
「俺ずっと待ってんだよ。ライブの動画はネットにあるんだけどさ」
「はぁ?」
 精一杯の渋面で睨みつけるけど声がちょっと裏返ってる。素直な人間に慣れてないから手放しのリスペクトなんか向けられると調子が狂う。
「ライブで聴いた時から、なんかこう、新しくやりたい曲のイメージが浮かんでるんだけど……あの後のトラップ反応でしばらく何にもできなくてさ」
「アレ酷かったよねー。落ち着いた頃にはみんな脱水症状でお腹も減ってるのにご飯も喉通らなかったし」
「うちも、腹減ってるからって出前のラーメン食べたら珂波汰が吐いてもったいなかったな」
「言うんじゃねぇよ那由汰ぁ!」
「ははは」
「テメェも笑うなスザク!」
 実際問題、トラップ反応は笑い事じゃないんだけど。あっちもこっちも楽な勝負じゃなかったと思えば慰められるような気もする。
「皆さん、そろそろ始まりますよ」
 馴れ合いに参加していなかった48のセリフに遅れてスピーカーから流れる曲が切り替わった。照明が落とされ、人の話し声が期待のざわめきにとって代わる。
 先攻、The cat’s whiskersのステージだ。転がるようなピアノの音色が静かな海のようなフロアに色を染めていく。
 俺たちcozmezとも、BAEとも違うスタイル。
 対戦相手の悪漢奴等ともスタイルが違い過ぎて勝負の行方が読めない。
 幻影の波に撫でられた頬を拭って珂波汰を顧みた。珂波汰はこのチームをどう見てるのかと思って。
 でもその時、珂波汰はステージを見ていなかった。
 キラキラした目でThe cat’s whiskersを見つめているスザクの横顔を見ていた。
 ライブに夢中で珂波汰のことなんか欠片も見ないスザクのことを。黙って見ていた。
 俺には珂波汰の後ろ頭しか見えなかったけどさ。珂波汰の失望がわかったよ。

 俺たちはお互いが一番だ。俺には珂波汰以外に序列はない。でも珂波汰には二番がいる。
 その二番にとって珂波汰が何番目かは分からないけど。