※PRIDEドラパのネタバレを含む夏アレ高校時代捏造ネタです。
雨が続くと人々の気分も落ち込む。
電灯があっても教室も暗く感じるためか、春頃の活気も失われつつあった梅雨入り前。
歴史の授業でグループごとのミーティングが行われた。
各チームで決めたテーマについて調べ、レポートを作成する目新しさのない課題だった。書籍を調べてパソコンに文章を打ち込んで。当然、関心のない生徒はミーティング段階から面倒くさそうにしている。
なんの授業でも面倒くさそうなアレンももちろん気が逸れていて、同じグループの女子生徒から何度も言われていた。
「ちゃんと話し合いに参加して!」
放っておけば頬杖をついた姿勢でうたた寝しそうだったまぶたをぐっと上げて、眉間にシワを寄せる。
「ちゃんと聞いてる。俺は夏準の意見に賛成だから何も言うことはないよ」
「じゃあちゃんとそう言いなよ」
「はいはい」
少しぐらいやる気のあるフリをしておけば怒られたりしないのに。取り繕うことをしないアレンが仕切り屋の女子を苛立たせて夏準がとりなして。そうして時間内には話がまとまった。
それから昼になった。
午前中降り続いた雨は小雨に変わった。
昼食を終えた時に教室内にアレンの姿が見当たらなかったので、夏準は適当にクラスメイトをかわして一人になるといつもの昇降口に向かった。
「そこ、濡れませんか?」
いつもの指定席にアレンの姿を見つけて狭い軒下に腰を落ち着ける。少し足を伸ばせば靴先が雨に濡れる。
「これぐらいの雨なら大丈夫」
「慣れてるんですね」
揶揄うと拗ねた顔で打ち明けてくれた。
「一年の時に教室でヘッドホンしてたら揶揄われたんだよ。休み時間まで勉強熱心だな、ってさ」
「クラシックを聴いてたんですか?」
「まさか。でも、うちの親が演奏家なの知ってるヤツもいるからな。きっかけを見つけてそうやって絡まれるのが面倒で教室じゃ聴かないことにしたんだ」
「なるほど」
話しかけた生徒も悪気があったわけじゃないだろう。アレンは親の威光のように言うけれど、幼い頃から一部界隈で注目を集めていたバイオリンの天才児とお近づきになりたい生徒もいたに違いない。
だけど親の知名度のお陰であろうと、自身の才能が目当てだろうと関係ない。アレンは誰ともクラシックの話なんかしたくないのだから。
「だったら、堂々とヒップホップの雑誌を広げていたらどうです?ヘッズ仲間が見つかるかもしれませんよ」
やらないだろう、と分かっていて提案した。
「ダメだ。この学校じゃどこの誰の親がうちの親と繋がってるかわからない。……うちの親はヒップホップは嫌いなんだ。バレたら困る」
概ね予想通りの返答に相槌を打ってもう一つ尋ねる。
「じゃあ、僕にバレたのは?」
「夏準は、誰にも言わないだろ」
根拠なく言い切って、変な質問をされたとばかりに小首を傾げる。
理屈で生きる夏準にはアレンが直感で寄せてくるシンプルな信頼が面白かった。授業の合間に無味に呼ばれるのと違った、血の通った声音で名前を呼ばれるのも良かった。
満足して微笑み、頷いた。
帰りに簡単な係の仕事を済ませて人波の落ち着いた玄関に向かう途中、大きなトートバッグにスケッチブックを入れたアレンを見つけた。
「アレンも今帰りですか?」
昼休み以外にわざわざ声をかけるのは稀だった。向こうも校舎裏以外で話しかけてくるとは思っていなかった様子で肩を竦めて振り返る。
「驚かすなよ」
「普通に声をかけただけですよ」
アレンがギュッと握り締めたトートバッグに目を留める。
「それ。何かの課題ですか?」
同じクラスだが、他の誰もスケッチブックを持ち帰ってはいなかったはず。
純粋な疑問から尋ねると、アレンは周囲に人がいないのを確かめてから答えた。
「……帰りにレコードショップに寄るんだ」
「はい」
「ショップの袋そのまま持ち帰ると目立つから、これに隠して帰ろうと思って……」
「一人だけスケッチブックを持ち帰る方が目立つと思いますよ」
「学校内ではいいんだよ!とにかく、親の知り合いに見られなきゃいいんだ」
小細工が大雑把だけど一応徹底している。
「苦労されてるんですね」
「ああ。明後日には海外公演から帰ってくるから今のうちなんだ。帰ってきたらマンションの管理人とか家政婦に俺がちゃんとやってたか探り入れてくるからな」
「それはそれは……」
大変だな、と他人事として思う。夏準も家政婦から監視される身ではあるが、勝手に家政婦の訪問回数を減らしても養父からは何のリアクションもなかった。家柄に恥じない成績を残していることだけ通知しておけば細かいことには関心がない。
弟が生まれる前は、養父もアレンの親のように不在中の様子を事細かに知りたがっただろうか。両親の関心を喪失した今となっては思い出せないことだ。
なんとなく並んで歩いていると間もなく玄関にたどり着いた。外は雨上がり。鈍色の雲が空を覆ってはいるが、降り出す気配はない。
「なあ、夏準。お前も、一緒に来るか?」
再び誰かに見られていないか確認してから控えめに誘われる。周囲の目を気にしないように見えて、アレンなりに気を遣うこともあるらしい。校舎裏では頼まなくても好きな音楽の話を聞かせてくるくせに。
これは夏準のためだ。人目のあるところではみ出し者の自分と親しくしていていいのか心配してくれている。
「ぜひ、ご一緒します」
にっこり笑って返すと眉を上げて、つり気味の目を丸くする。
「ああ!」
上機嫌で先を歩き始めたアレンの半歩後ろで、今度は夏準が周囲に人がいなかったことを確かめた。未だ本当のアレンを知るのは夏準だけだった。
分かってはいたものの、ボックスにぎっしり詰め込まれたレコードを前にしたアレンは水を得た魚。
自分から誘ったくせに連れのことはすっかり忘れ、欲しいレコードを見繕ってはカウンターで試聴を頼んで吟味する。しばらくは店内を見て回っていた夏準だが、そのうちカウンターに身を寄せてアレンが持ってくる様々なレコードを聴くばかりになった。
ユーズドのアロハシャツにエプロン姿の店主にカウンターの奥から出したイスをすすめられたが断った。
「立ってるのも疲れるでしょ?たまーにしか来ないけど、来ると長いんだよあの子」
「ヒップホップばかり探しに来るんですか?」
「いや、レゲェとかジャズとかも試すかな。買ってくのはヒップホップばっかりだけど」
店内にはクラシックのコーナーもあるし、ヒップホップにはクラシックをサンプリングした曲もある。それでも意図的にクラシックは避けているようだった。
散々選んで、やっとのことで五枚まで絞り込まれたレコードがカウンターに乗る。
軽い気持ちでついてきたが、さすがに疲れて、やっと帰れると思ったら。今度は財布の中身を見つめながら唸り始めた。
「どうしたんです?」
「一枚高いのが混じってて予算足りないんだって」
その一枚がどうしても欲しいらしい。他の四枚からどれを諦めるか。真剣に悩んで日が暮れそうだ。
店の外は曇天と夕暮れのお陰でいつもより早く暗くなってきた。
「次にお金が入るまで待てないんですか?」
「こういうのは次来たときにはもう売れちまってるかもしれないんだよ。中古レコードは特に、再入荷は運次第だしな」
「なるほど、一期一会というわけですね。それならこれは僕が代わりに買い取ります」
財布からレコード一枚分に足りる紙幣を出してカウンターに乗せる。
「お兄ちゃんいいの?高校生には高い買い物だと思うけど」
「構いません。お会計して下さい」
本当に?いいのか?
アレンは不安そうな目で見つめるくせに、しっかり五枚のレコードをトートバッグに詰めるので苦笑してしまった。
「いいですか?お金を貸したわけでも奢ったわけでもありませんよ?」
「うん……」
「僕の買ったレコードを貸しただけです。うちにはまだプレイヤーがありませんからね。先に聴いて下さい」
「あ、ありがとう夏準!」
思えば、日本に来てから人のために何か買ったのは初めてだった。買い与えたわけではないけれど。
学校の友人たちはみんな実家のことを知っていたから、下手に羽振りよく振る舞うのは誰のためにもならなかった。学校外での付き合いも極力避けていたくらいだ。
誰かを特別扱いなんてする予定はなかったから。
アレンは初めての特別。
その自覚を自分で打ち消す。今後、他にも少しくらいなら手助けしてやりたいと思うような相手が現れる。たまたま最初の一人がアレンだっただけで、大したことじゃない。
生活していれば少しくらい多めに肩入れする人間も出てくるだろう。財閥の御曹司に人より親切にされても舞い上がって余計なことを吹聴しない人間。その条件に適ったのがアレンだっただけ。
自分の珍しい行動に、夏準はたくさんの言い訳をする。自分自身の内側に。自分を守るためには言い訳が必要だった。
大丈夫。万が一明日からアレンが校舎裏に来なくなったって簡単に諦めがつく程度の仲だ。問題ない。
結局店を出る頃には雨が降り始めた。
ビニール傘を二つ並べて広げ、重くなったトートバッグを抱えた帰り道。アレンはいつになく饒舌だった。
「え、夏準の家ってこの近くなのか?!」
「言いませんでしたっけ。あそこのマンションですよ」
近隣でも目立つ背の高い建物を指差した。
「うわぁ……良いところに住んでるんだな」
「行きつけの店に近くて良いところ、ですか?」
「当然!」
他にも買い物にも便利で学校へも適度な距離。商業エリアと隣接する住宅地で少し騒がしい時もあるが、高層階にある夏準の部屋までは響いてこない。そうした立地はどうでも良いらしいのがアレンらしかった。
「ライブハウスへのアクセスが良くてレコードショップやスタジオが近いのが理想だ」
「音楽のことしか考えてないようじゃ生活できませんよ?」
「コンビニがあれば何とかなるっ…………なんか猫がいるな」
ふと、足を止めた。言われてすぐ近くの公園や道を見回したものの、姿は見えない。
「声がする」
ふらふら公園に入っていくアレンを追って公園の片隅に置かれたベンチの下を覗くと、本当に子猫がいてしきりにか細い声で鳴いていた。
「耳がいいんですね」
一人だったら雨音に紛れて聞き逃していただろう。
「お前、一人か?親は?」
猫に聞いても分からないので二人で周辺を探したものの、親猫も兄弟猫も見当たらなかった。
「人間がいると近寄ってこないって聞きますし、僕らが離れたらそのうち迎えにくるでしょう」
「ああ……」
下手に人間が触らないほうがいい。分かっていても、ベンチは板の隙間から雨水を通してしまって屋根には不十分。地面も濡れて小さな体から体温を奪う。
「アレン」
ベンチの前を動こうとしないアレンを呼ぶと、通学鞄からくしゃくしゃのタオルを引っ張り出した。
「これだけ、これだけ置いてってもいいかな」
「人間の匂いのついてるものは良くないんじゃないですか?」
「でも、このままじゃ濡れちまうだろ。タオルがダメなら傘だけでもさ」
そう言って広げたビニール傘の柄をベンチの隙間に引っ掛けて固定し、子猫の上に落ちる雨水を防いだ。それだけでもずいぶんマシだろう。
「だけどそれじゃあアレンが代わりに濡れますよ」
「いいよ、タオルもあるし。帰ってすぐ着替えたら」
「自分は良くてもその荷物は良くないんじゃないですか?」
小脇のレコードを指差すと慌てて荷物にタオルをかける。人間を守るものは何もなくなった。
仕方なく自分の傘を押しつけて渡す。
「僕はもうすぐそこですから使ってください。アレンの傘は明日の朝にでも、子猫の様子見ついでに回収しておきますから」
「じゃあ、悪いけど頼む。俺も早起きできたら見に来るから」
「早起きできたら、ね」
苦手そうだなと思えば自然と笑いが出た。
アレンは「また明日な」と傘をひょいっと上げて帰っていった。
その夜は一晩中しとしと雨が降り続いた。
朝から窓の外を確認して、夏準も頭より早めに家を出て近くの公園に立ち寄った。流石にアレンが来ているとは思わなかったけれど、案の定誰もいない。代わりに広げておいた傘が畳んでベンチに置かれていた。
ベンチの下には子猫はもういなかった。冷たくなって転がっていることまで想定していたから少し安堵して、誰が畳んだのか分からない傘を回収する。近隣住民だろうか。
傘の外側に少し溜まった水を払おうとしとして、骨の内側に何か、紙切れが挟まっているのを発見した。
手帳を破ったような小さな紙だ。そこに流れるような筆致で一言だけ書かれている。
“Thank you”
それから簡単な猫の絵。
「猫からの手紙……?」
きっと夜中に猫を拾った誰かの置き手紙だろう。猫は助かった。アレンも安心するだろうし、この手紙は傘を置いたアレンのものだ。
今日はいつもより昼が待ち遠しい。昨日のレコードも聴けただろうか。
置き手紙を大事にしまって夏準は登校した。
だけどアレンは現れなかった。
教師から体調を崩してしばらく休むと連絡があり、雨で風邪を引いたかと納得した。
風邪ならほんの数日だろう。親ももう帰ってくると言っていたし。心配するほどのことはない。
早く登校してくるといいのに。
そう願って色彩を欠いた教室から雨雲に埋め尽くされた外を眺めた。