FAMILY発売前に書き切る幻覚/cozmez+BAE/8916

 ライブハウスの外に出ると、少し離れた場所にいた女子グループが速足で向かってくる。
 ライブハウス界隈をうろついている女の子にしては上品なファッションでメイクは隙がない。彼女たちの目的はBAEの微笑みの貴公子。顔は良いけど本性はファンの子たちが泣いちゃいそうなくらい歪んでる。ヒップホップMC以外にもモデルとして有名な燕夏準だ。
 簡単に言えば出待ち。許可されてないけど夏準はピカピカの外面で「貴女たちのピンチに駆け付けられなかったら僕が悔やみきれません」なんてヌルい台詞で断ってるもんだから、勘の悪い子はこうして待っちゃう。まあ、多分次のライブまでには古株の夏準ファンがこの子たちを捕まえてきっちり教育してくるんだろうけど。何をどうやってコントロールしてるんだか、所謂迷惑ファンがライブハウスや関係者に迷惑をかけるようなことは一度もなかった。
 ちなみに、僕のファンは着てる服が泣くようなダサい真似はしないお行儀のいいお洒落な子ばっかりだし、無愛想なヒップホップ馬鹿ことアレンは女の子より男性ヘッズに人気があるから出待ちには縁がない。夏準のファンなんかどうでもいいから先に帰っちゃう。
「はー、腹減った。どっか寄って帰ろうぜ」
「テイクアウト?だったら雷麺亭の餃子食べたい!ご飯のあと予定あると食べれないしさぁ」
「それいいなぁ。コメも欲しいけど炒飯とチャーシュー丼、どっちがいいかな……」
 アレンが腕組した拍子に、キュー、と可愛い腹の虫が鳴いたから思わず噴き出した。
「ちょっとぉ、ライブ前にちょっと食べてたのにおなか減りすぎじゃない?」
 けど、アレンは照れたり拗ねたりせずに首を傾げた。
「今の俺じゃねぇよ」
「はぁ?じゃあ誰……」
 ライブハウスから少し離れた路上にはもうそんなに人はいなかった。目の前を歩いている人だって十メートルぐらい先にいるからおなかの音なんか聞こえっこない。
 なんだか気味悪くなって足を止め、周囲を振り返る。自然とアレンとの距離も近くなって二人とも肩を竦めて周囲を警戒した。
 その時、電気が切られたまま外に放置された電光看板の陰で人影が動いた。
「ひッ…………!」
 ヤバイ!こんな夜中に人目を避けるようにして潜んでる人間は生きてるヤツでも幽霊でもどっちでもヤバイ。思わずアレンの腕を掴んで後ずさった後頭部がもう一人の人間の肩に当たる。
「おや、cozmezの片割れじゃないですか。スラム街のおうちから立ち退きでも食らったんですか?」
 頭の上からムカつくくらい冷静な声が降ってきた。
「は、夏準!」
「はい。二人とも、顔見知りを見つけたにしては顔色が悪いですよ」
 底意地最悪の微笑み。馬鹿正直にホッとした表情を見せるアレンの分まで夏準の硬い腹筋に拳を叩きつけて幽霊もどきを振り返った。
 元はと言えば変なところに隠れていたヤツが悪い。
「もう!なんでそんなとこで隠れてるんだよ!ってゆうか、こっちまでおなかの音聞こえてきたんだけど!?腹ペコすぎでしょ!」
 騒がれて仕方なさそうに人工的な光の当たる場所に出てきたのは双子のヒップホップチーム、cozmezの一人。小柄でハーフパンツから白く細い足を覗かせた那由汰だった。cozmezっていえば双子ユニットという話題性と賞金のかかった大会を荒らしまわる節操のなさで有名で、僕とアレンは二人でスラム街にある家を訪れたこともある。
 それもこれもcozmezのもう一人、珂波汰のせいなんだけど。もう終わったことだし蒸し返すつもりはない、ないんだけどさ。
「うるせぇな……騒ぐんじゃねぇよ」
「よっ!偶然だな、那由汰」
「偶然いるわけがありませんよ、アレン」
「そうだよアレン!今度は何企んでるわけ?珂波汰はどこ隠れてるんだよ」
「おお、そうだ。今日は珂波汰は一緒じゃないのか?腹減ってるなら一緒に飯行こうぜ」
「アレン、冗談はやめて下さい」
 立て続けに言葉を浴びせかけられた那由汰がうるさそうに耳に小指をつっこんだ。こういうとこが可愛くない。
「……一緒じゃない」
 地面に向けて落とされた返事にアレンも夏準も一旦口を閉じた。
「なにこの空気。は?喧嘩でもしたの?」
 その質問には返事がない。
 図星なのはわかったけど、分からないのはなんでわざわざ僕たちのライブ終わりを狙ってそこにいたかってこと。
 夏準の言う通り、たまたま僕たちのライブの日に、人目を避けて待ち伏せする以外に用のなさそうな場所で座り込んでるなんてありえない。僕らはcozmezと揉めたことがある。その後のライブではオーディエンスの投票でBAEが勝った。そのお礼参り、ってわけじゃないだろうけど。
「今日は……スザクに頼みがあって来たんだ」
「俺?」
 MCネームでご指名を受けたアレンが気さくに応える。女の子とかファンの対応は塩のくせに、この面倒くさい双子のことはちょっとした友達感覚みたいだ。
「ああ。スザク、頼む。……珂波汰と会ってくれ」
 待ち伏せまでして那由汰の口から出たのはたったそれだけ。そんな、とっても変なお願い事だった。

「込み入った話は場所を選んでもらえますか?」
 そう提案したのは夏準だった。那由汰が夏準みたいに上手く言葉を選んでペラペラ喋ることは難しそうだったし僕も賛成。
 人通りが少ない夜とはいえ、僕らはパラドックスライブに招待された有名人だ。おまけに、今度はアレンのおなかが可愛くない音で鳴った。
「仕方ないなぁ。僕らはトラップ反応が来る前に用事済ませちゃいたいし、みんなで帰ってご飯食べながら話そうよ」
「賛成!」
 アレンが照れ紛れにでかい声を出す。夏準は那由汰も連れて帰ることに不満そうだったけど、アレン が「いいよな?」って背中叩いたら諦めて無言で歩き始めた。
 夏準はこの間のThe Cats Wiskersとのライブ以来ちょっとだけ丸くなった。丸くなったっていうよりアレンに甘くなった、の方が正確かもしれない。
 立ち尽くしていた那由汰もアレンに促されてついてきた。
 帰りは夏準が契約しているハイヤーを呼んで大きな通りで車に乗り込んだ。こういう時お金持ちって便利だ。安いタクシーと違って高い金で雇われているハイヤーの運転手は間違っても余計なことを尋ねてこない。
 僕らの家は夏準の高級マンションだ。元々は夏準一人で住んでた物件で他人を呼ぶこともないのに無駄に部屋数があって、アレンと僕が転がり込んでからは一人一部屋割り当てられてる。
 リビングもキッチンも広くてお客さん一人くらいどってことないんだけど、歓迎ムードのアレンとは対照的に家主様はご機嫌斜め。
「さっさと話を聞きましょうか」
 一秒でも早く追い出したいみたいで部屋に入るなり始めようとするから良心を疑っちゃう。
「そんな怖い顔してちゃ話どころじゃないよ夏準。先にご飯しよ。冷蔵庫に何かあるでしょ?」
 気を利かせてキッチンに立とうとするのをすかさず止められる。
「わかりました、アンは座っててください」
「そうだぞ、アン。先に化粧おとしてこいよ」
「お客さんいるのに落とさないよ!」
 アレンと夏準の二人がかりでソファに戻されてキッチンにもたどり着かなかった。僕だって簡単な料理ならできるはずなのにやらせてくれないんだ。一緒に暮らしてちょっとずつ信頼を深めてると思ってたのにガッカリだよ!
 僕らが揉めている間にリビングの入口で突っ立っていた那由汰がキッチンに入って冷蔵庫を開けた。
「……いいよ。迷惑料代わりに俺があり物でなんか作る。適当に食糧使うぞ」
 面倒くさそうにそう言ってさっさと卵を二つ取り出した。
「那由汰、料理できるのか?」
「黙っててもママだか使用人だかの作った温かい手料理が出てくるテメェらとは違うんだよ」
 また嫌な言い方する。
「別に、俺たちだって……」
「わかってるよ。disりたいわけじゃねぇ」
 言い訳しようとしたアレンを遮って物色の手を止めた那由汰がこっちを向いた。僕らとの生まれの差に苛立ってる時と違う。迷ってるような難しい表情だった。
「もうお前らの音楽がフェイクだとか言うつもりはねぇよ。この間は俺らよりお前らのステージで客が沸いた。それは事実だし、珂波汰だって……」
 兄弟の名前をこぼした後、首から力が抜けたように俯いて言葉が途切れた。今日会いに来たのだって珂波汰と何かあったんだろうってことはわかってる。でも那由汰は首を振って切り替えた。
「とにかく、俺らは自分たちが生きるための全部を自分たちでこなさなきゃならないんだよ。面倒だからって他人が作った飯を食うような金はねぇし。ラップで稼ぐ金じゃ十分な暮らしはできねぇから、足りない分は珂波汰が外で日銭稼いでる。代わりに俺が家事を任されてんだ」
 ぽつり、ぽつりと話しながら僕がしまっておいた晩酌の残りのするめを刻んで水と一緒に鍋に入れて火にかけた。煮立たせる間に炊飯器で保温されていた米を内窯ごと持ってきて水にさらす。
 レシピどころか計量カップなんかも使わずに迷わず鍋に洗ったごはんを入れて、調味料を足していく。那由汰が料理に慣れてるっていうのは本当みたいだ。
 アレンなんか出来る前からぐつぐつ言っている鍋を覗き込んでにおいを美味しそうに吸い込んでるけど、なんだか悔しい。僕らはそれぞれのバイトや音楽で収入もあるけど、生活すべてをそれで賄ってるわけじゃない。住居と家具家電は夏準の親が買い与えたものだし、光熱費も親が夏準に持たせているカードで支払ってる。学費はもちろんそれぞれの親持ち。音楽やファッションにお金をかけようと思わなければバイトする必要もないくらいの援助は受けてる。
 僕らは三人とも親との間に確執がある。子どもにも自分の人生を選ぶ権利があるのに、親のエゴで生き方を決められて奪われた自由を獲得したくて、この部屋で三人で暮らしてヒップホップをやってる。経済的にも自立したいからバイトもする。
 だけど、今すぐ完全に親の手を離れるために自分たちのバイト代だけで家を借りて全ての生活を賄えって言われたら困っちゃうと思う。突然生活レベルを下げるのは難しいし、ヒップホップクルーとしても一本で食べていけるほど稼いでるわけじゃなかった。
 今日だって、帰りに外食しようとしてた。同世代のみんなが普通にやってることなのに今はバツが悪い。
「そんな顔すんなって。disじゃないって言ったろ。俺らだって大会に勝って金に余裕あるときはラーメン食ったりするし…………なぁ、普通の野菜ってねぇの?」
 再び冷蔵庫を開けた那由汰が親指と人差し指で緑の野菜をつまみ上げた。気味悪く眺めまわしてる。
「このデカキュウリ、トゲねぇんだけど」
「それはズッキーニです」
 無農薬栽培で農家直送の。夏準がサッと奪い返して冷蔵庫の野菜室に詰め直した。しまい方にもこだわりがあるから僕なんか触るなって言われてるヤツ。
「なんだそれ。こっちのデカピーマンは熟しすぎてるし」
「パプリカですからね。赤や黄色が食べごろの色なんですよ」
「じゃあこっちの見た目気持ち悪ぃのは?奇形のブロッコリーか?」
「ロマネスコといってカリフラワーの一種です。スラムでは売ってないでしょうから知らなくても無理はありません」
「うっぜぇ。気取ったモンしか入ってねぇのかよ……あ、この草は多分いけそう」
 そう言って引っ張り出したのは糸三つ葉だった。ちょっとちぎって洗いもせずに味を確かめてまな板に持っていく。
 横で見ていた夏準がこの世の終わりみたいな顔してて面白い。それでも冷蔵庫に触るな!とかって無理に止めないのはアレンがご飯の出来上がりを楽しみにしてるからかな。
 話してるうちに余り物ばっかり使った雑炊の完成。
 冷蔵庫にあった惣菜を副菜として並べたら、とっても胃に優しそうな夜食が整った。
「意外……もっと肉とか出してくるのかと思った」
「トラップ反応の前だからな。消化する前に始まっちまうと、珂波汰がたまに吐いちまうんだよ。だからトラップ反応の前は軽く腹が落ち着くモンにして、目が覚めて金があったらガッツリ食ってる」
「ライブの後にそんな何時間も待ってから食ってるのか?俺はすぐ腹減っちまうんだよな」
「……知らねぇよ。ほら、冷める前にくっちまえ」
 自分で作って自分で食べる。材料はうちのだけど遠慮はない。
 僕らも、普段夏準が作るごはんとは違った素朴な味をいただいた。昔、小さな子供の頃に熱を出すとママが作ってくれた雑炊にも似てる気がする。もうずっと食べてない味だ。
 僕は母の味って記憶があるけど、夏準の家は親の手作りなんかほとんど食べる機会はなかったっていうし、アレンもあんまり親のこと思い出したくないみたいで、みんなあんまり家庭の味に馴染みがなかった。
 双子も多分そうなんだけど、それでも珂波汰にとっては那由汰のこんな料理が家庭の味なんだろうな。
 並べられた雑炊をしばらく観察していた夏準が一番最後に手をつけた。採点を頼まれてる料理評論家みたいな難しい顔で食べてたけど、悪くはなかったみたい。味は嫌いじゃないけど他人が自分のテリトリーで評価されてるのが気に食わないってところかな。
 しばらく前まで僕らにさえ鉄壁のポーカーフェイスだった夏準のちょっとした不機嫌が分かるようになったのは、僕らBAEにとっては成長だった。それが分かったから、僕は那由汰が突然やってきたことはもうどうでも良くなってたんだけど、
「で、珂波汰に会ってくれってどういうことなんだ?」
 本題は食べながら始まった。
「一緒に曲作りしたい、とかって話か?」
「それはアレンがやりたいってことですか?」
「夏準はちょっと黙ってなよ」
 すかさず夏準が面倒な絡み方したから食べ終わった皿を押し付けてキッチンに追いやる。
 うるさいのが口を挟んだら那由汰も話を進めづらいよ。
「で?どうなの?」
「……いや、珂波汰も誘えば悪い気はしないと思う。前のライブの後、いい刺激受けたみたいでたくさん曲作ってるんだ」
「おぉ!」
 ヒップホップバカが色めき立った。アレンだって珂波汰と色々あってからcozmezの音楽に影響を受けて曲作りしてた。だから夏準だって嫉妬しちゃうんだけど、音楽にかけては節操なしのアレンにこの手のやきもち焼いてたら身が持たない。
 それより問題は双子のこと。
「待ってよ、誘えば……って珂波汰がアレンに会いたがってるから那由汰が呼びにきたわけじゃないの?」
 那由汰はまた難しい顔で言葉を詰まらせた。なんていうか、勢いで来たけどアレンに説明する言葉も説得する策もなんにも持ってこなかったみたい。
 双子は態度がデカくてラップの腕はまあまあだけど、こうして落ち着いて話してみると小学生くらいの子供みたいだった。僕らとそんなに歳は違わないはずなのに、自分の考えを上手く整理して伝えられないみたい。
 実際そうなのかもってちょっと思った。双子って上手く言葉にしなくてもお互いの伝えたいことを分かり合っちゃうから、他人とのコミュニケーションの上達が遅れたりするんだって、どこかで聞いたことがある。
「那由汰は、なんで珂波汰と俺を会わせたいんた?」
「それが、珂波汰のためになるんだ」
「音楽のために、か?」
 ちょっと悩んでから那由汰は首を横に振った。
「音楽だけじゃない。……俺たちは、ずっと二人でやってきた。だけど、お前らとぶつかってから珂波汰はちょっと変わったんだよ。良い方に、だと思う。だから、珂波汰は俺から離れて外の人間と会うべきなんだ」
 言ってることはなんとなくわかる。結びつきの深い家族とばかり向き合ってるとお互い苦しくなっちゃうこともあるし、そうじゃなくても世界を広げることはたくさんの意味がある。でも、那由汰の話はどこか手放しで賛成できない、違和感みたいなものがあった。でもどこが引っかかるのか分からなくて、無意識に爪の先を弄る。
 一方のアレンはリスペクトしてるトラックメーカーとセッションできるチャンスに目がくらんでた。
「そういうことなら任せとけよ!珂波汰には一度聴いてほしいレコードがあってさ……」
 那由汰は聴くともなんとも言ってないのにすでにその気で、善は急げとばかりに自室に取りに行こうとするアレンの腕を夏準が掴んで引き留めた。
「今の話。家族以外の人間と交流して人間的に成長することを望んでいる、というのはわかりましたが、それなら貴方も一緒じゃダメなんですか?」
「へ?一緒じゃないのか?」
 腕を掴まれたままのアレンが夏準に尋ねて、夏準はすまし顔でその質問を那由汰に向ける。
 そう、僕も感じていた違和感はそこだったんだ。
 最初のお願いからずっと、那由汰は珂波汰のことしか言わなかった。自分だってどうせ珂波汰とばかり過ごしてたんだから、一緒に外の世界に飛び出したら良かったんだ。
 威圧感のある夏準と純粋な驚きで満ちたアレンの四つの瞳に見据えられて、那由汰はちょっと顎を引いてたじろいだ。
「俺が一緒だと珂波汰は俺のことばっかり気にする」
「それはアンタも同じじゃないの?アンタはアンタで別の誰かと仲良くしに行くわけ?」
「それは……」
 ああ、もう面倒くさいヤツら。周りには偉そうな口ばっかり利くのに兄弟のことばっかり心配して自分のことは後回し。
 これは僕の勘だけど、那由汰の計らいでアレンが珂波汰とだけ遊ぶようになっても珂波汰はきっと納得しない。僕も、ママと二人きりで暮らしていた頃に似たような不具合を抱えていたことがある。
 うちは父親が出て行って母子家庭になった。幼心にママの支えになりたいって気持ちはあったけど、それ以上に不安定になったママからの理想の息子像の押し付けが酷かった。ママを心配する気持ちと本当の自分になれない窮屈さから逃れたくて、無理やり友達と遊びに出たことがある。だけど僕の帰りを待ってるママのことを思い出したら素直に楽しめなくて、ほんの少しで帰ってしまった。
 進学を理由にママの家を出てこのマンションに転がり込んだ時もそう。今でも時々二人きりで支え合わなきゃ成立しない家庭から僕だけが逃げてしまったような罪悪感もある。でも身勝手なママへの怒りもあるし、物理的に離れる選択をしたのはお互い正しかったと信じてる。
 那由汰が閉塞的だった双子の世界を飛び出そうとしてるなら、それはきっと間違いじゃない。
 でも那由汰だって、実家に残してきた僕のママだって、家族以外の第二第三の世界は必要なんだ。
「別にいいじゃん。那由汰が一緒にいたっていなくたってそこのヒップホップバカはずっと音楽の話し続けるからね。オタクってホンッと話長いんだから。アンタに気を遣ってる暇なんかないよ」
「おい、俺が空気読めないヤツみたいじゃないか」
「自覚ないわけ?!」
「あったら呑気に一人でレコードを取りに行ったりしませんよ、アン」
 ふてくされるアレンを放り出して夏準が那由汰に近づく。顔は微笑んでるけど女の子に人気の薄い唇から優しい台詞は出てこない。
「もしかして、目の前で彼が他人と楽しく過ごしているのを見るのが悔しいんですか?」
「あぁ?」
「自分を放ってアレンとのおしゃべりに夢中になっているのを見たくない、とか」
 よく言うよね。アレンのことで目くじら立てるのは自分の方なのに。
 本当の意味で夏準と僕らの間の気心が知れたのは結構最近のことだ。それまでは夏準は常に余裕を装ってて、本気で怒ったり、子どもっぽいワガママを言ったりしなかった。それが今じゃ、アレンが自分と似たスタイルのラッパーを褒めただけでちょっと不機嫌になったりする。
 面倒くさいけど、僕は今の夏準の方が面白くて好き。
「聞いた?アレン。夏準はアレンが珂波汰と二人で盛り上がってるの見たくないんだって」
「アン」
「わぁ、こわい顔」
 部屋が賑やかになったタイミングでインターホンが鳴った。こんな遅い時間に宅配便なんて来ないし、気安く友達が遊びに来ることもない。
 眉を顰めてエントランスの映像を見にいった夏準だったけど、ひと目で溜息をついてスピーカー通話のボタンを押した。
『オイ!テメェら那由汰に何しやがった!』
 柄の悪い叫び声。マイク越しの音が割れてる。
「怒鳴らないでください。あんまり騒ぐと警備につまみ出されますよ」
『うるせぇ!ここ開けろ!那由汰を返せ?』
 話も聞かずに力いっぱい叫び続け声に五秒で辟易して指が終話ボタンに伸びる。それをアレンが間一髪止めた。
「今迎えに行くから大人しく待ってろよ!」
 叫び返して走って出て行っちゃった。
「……ねぇ、那由汰。もしかして家出だったわけ?」
「別に、黙って出てきただけだ」
「それを家出っていうんだよ!」
 間もなく怒鳴り合いながらアレンと珂波汰がやってきた。珂波汰がうるさいからアレンも自然と声が大きくなるんだけど、完全に近所迷惑だ。家主様の目が凍るように冷たい。
 うちのアレンは本当にバカだけどいいヤツだから、那由汰の作った雑炊の余りを持ってきて双子を座らせて、いいヤツだけどバカだからお互いのすれ違いを解こうとしている双子の間におすすめのレコードを持ってきて割り込んだ。本当にバカ。
 仕方ないから僕が買い置きしておいたアイスを五つ持ってきて、おやつよりヒップホップ談義のアレンが放置して解けかけたアイスを那由汰と分けて食べた。

 それからトラップ反応が始まる時間を気にしていた夏準の声かけで双子は帰っていった。
「那由汰、次に家出してくるときはちゃんとどこに行って何時に帰るか書置きしてきなよ?」
「指図すんな」
「来週にはさっきの音源仕上げとくから聴いてくれよ珂波汰!」
「うっせぇ調子のンな!」
 帰るときも騒がしい双子を見送って静かになった広いリビングで、なんとなく名残惜しい気持ちで僕の今の家族に「おやすみ」をいってそれぞれ部屋に引っ込む。
 ライブで幻影を生み出すファントメタルを使うと、その代償にトラウマが脳裏に蘇って精神を蝕まれる。ラップを続ける原動力の怒り、悲しみを忘れさせないみたいに。
 そして過去の苦しみと今の出会いを糧にして、僕らはまた新しい音楽を生み出すんだ。