古の同人サイトSS/さまじろ/2107

  最後の一人がマイクを落として地面に倒れ込んだのを見届けてヒプノシスマイクをしまった。
 テリトリーバトル出場以来、マイクを持った連中に絡まれる機会が増えている。
 元から喧嘩を売られるのはしょっちゅうだったが、この数ヶ月は
頭数を揃えりゃ勝てると思って群れた連中が多かった。
 そんな雑魚が大挙してかかってこようが返り討ちにしてやる。って気持ちはあるものの、どうしたって多少のダメージは受けるし、敵の人数が増えれば増えるほど時間と体力が削られる。もっと俺が強ければ何人で囲まれようが軽く捻って涼しい顔して勝てたのに。
 乱れた息を深呼吸で誤魔化してキャップのツバをつまみ上げ、拳で汗の滲んだ額を拭った。
 顔に落ちた前髪の下から視線を上げると、数メートル先のたばこ屋の軒下で煙草を吹かしている見慣れた立ち姿が目に留まる。左馬刻だ。タバコの長さからして、バトルの始めの方から見ていたのかもしれない。
 なんだかバツが悪くてキャップを深く被り直し、大股で距離を詰める。こういうのは気まずく無視するより堂々と正面からいった方がいいんだ。
「おい!アンタ、見てたのかよ」
「うっせぇ。たまたま居合わせただけだ」
 ここのたばこ屋のばあさんは愛想がないから無駄話もしない。タバコを買うだけならワンバース分の時間もかからない。
 わざわざ騒がしく喧嘩している横で一服する必要はないはずだ。いつもは俺が横でしゃべってるだけでもすぐウルセェとかなんとか言うくせに。
 別に、見てたなら助けろとかそういうことを言いたいわけじゃない。ただ、なんていうか。思うように活躍できなかった試合を、知らないうちに観戦されてたような気分だ。サッカーの試合だったら「勝手に見にくんなよ」とか言っちゃうヤツ。
 黙って短くなった煙草を携帯灰皿にねじ込む動作を見つめて勝手に拗ねたりする。
「なんか言いたいことあんなら言えよ」
 つい言ってしまった後で面倒くさがられるかと思った。俺が左馬刻を意識するほどには、左馬刻は俺を意識していない。左馬刻に認められたいとか、もっと親しくなりたいとか思ってるのは俺の勝手だ。
 バカなこと訊いた。ダセェ。
 どうせ相手にされないんだ。待ち合わせでもしてるのか知らないが、左馬刻がまだここにいるならこっちが立ち去ろう。そう思ってスニーカーに視線を落とした時。ぽつりと、低い声で左馬刻が答えた。
「さっきの、そこのチビ」
「え。……ああ」
 倒したグループの一人だ。小柄だが実力は一番だった。
「そこそこ強かったんじゃねぇのか。まぁ、テメェらガキレベルの話だがな」
「ガキレベルとか舐めやがって」
「あーうっせぇ。先月のバトルのシブヤに似てただろう」
「そういやそうかも」
 先月のテリトリーバトルではシブヤチームと当たって、うち、イケブクロは敗退している。だからシブヤを真似たスキルで俺を狙ってきたのか。納得と同時にイラつきもある。ウチに勝ったチームの真似すりゃイケるって思われてたなら随分舐められたもんだ。
 まだその辺で座り込んで逃げる気力も戻らない連中を睨む俺に左馬刻は続けた。
「乱数たちに比べや遥かに弱いクソ雑魚野郎だが、テメェも先月よりはマシな捌き方だった」
「そりゃ……」
 こっちだって成長してんだ。言い返そうとして左馬刻が言いたいことに思い当たった。だから左馬刻にバカだって言われるんだ。気づくのが遅い。
「あれ、褒めた?」
「褒めてねぇ。調子乗んな」
「嘘だろ。アンタも素直じゃねぇな。うちの弟も俺のこと褒めるとき遠回しな言い方すんだよ」
「褒めてねぇし中坊と一緒にすんじゃねぇよ」
 煩そうに顔を顰めて俺に背を向け、そのまま歩き出す。なんだ、誰かを待ってたわけでもないんじゃねぇか。
 やっぱり見てたんだ。俺を。まだ左馬刻に比べたら弱いし肩を並べるには時間がかかるかもしれないけど、俺が卑屈に考えてるよりはちゃんと俺のことを見ててくれるのかもしれない。
 調子に乗って後をついていくと「うぜぇ」と言われたけど暇ならいいじゃねぇか。俺はもっと聞きたかった。俺のラップのダメなところも、ちょっとぐらいなら認めてもいいって思ってる部分も。
 そうして少しずつでも成長していけばいつか。
 返事がなくても横で勝手に喋りながらついていくと唐突に左馬刻が足を止めた。左馬刻の方を見ながら歩いていた俺は一歩先で止まって、左馬刻の視線を追って正面を見た。
「……左馬刻。テメェこんなとこで何してんだ」
 風が吹いてトレードマークの赤いジャケットが翻る。兄ちゃんが俺のことを見て苦い顔をしたから肩が竦んだ。兄ちゃんは咎めるわけじゃないけど、俺が勝手に左馬刻に会いに行ったりすることをよく思うわけもない。
 兄ちゃんと左馬刻の間で身の振り方がわからなくなって立ち止まる。でももしかすると、その場で俺がどう動こうとどうでも良かったのかもしれない。
 左馬刻はもう俺のことなんか見ていなかった。一直線に正面を見据えて、目線の少し下にいる俺のこと何か眼中になかった。
 遠い横顔の口元が好戦的に歪むのが見えた。

視界の外の成長劇
(後二年早く生まれていたら俺のことも見てくれた?)