◇君はヒーロー
チームZ、モニタールームは壁ひとつを埋めるように設置されたメインモニターの光だけで照らされている。
窓のない青い監獄ではどこもかしこも人工的な光に頼っているが、今は深夜。
チーム十一人が寝起きする合宿部屋ではすでに就寝している仲間が多い。
それらを邪魔しないように、潔と國神は部屋を抜け出し、モニタールームにきた。
「ここでまたスピード勝負になるけど、ここで競り勝つ手段を一度見せてる。だからボールを奪いにいくとしたら先回りすればいい……って向こうも考えると思ってさ」
フィールド全体を見下ろすアングルの映像を指差し、点のように散らばった選手がゴールに向かって移動していく。その中でも特に猛スピードで駆け上がる二つの人影。その行く手に駆け込む二つの点の一つが潔だった。
普通のドリブルより長く蹴り出されたボールの前に飛び出す凪の更に前に飛び込んで、サイドからゴール前に向けてボールの軌道を変える。
そこから追いかける斬鉄を振り切っての千切のシュート。
こうして全体図を見ると、確かに見逃したらチャンスを潰される重要なポイントだった。
「いや、こうして見ると分かるけど……試合中はそんなこと考えもしなかった」
「いいんだよ。國神や我牙丸が逆サイドで警戒されてたからマークが分散されて千切がここまで走れたんだし。最終的には國神がいいところに詰めてたからキメられたんだろ」
「そりゃまあ……」
放たれた千切のシュートは惜しくも弾かれたが、ゴール付近でチャンスを狙っていた我牙丸。そして國神の武器である左足からの強烈なシュート。ついにボールはゴールネットに突き刺さった。間違いなくみんなで掴み取った得点だ。
チームスポーツはそういうもの。能力の違うメンバーがそれぞれの特技を活かして補い合う。
「けど、潔のその視野の広さは、きっと何回説明してもらったって俺には真似できる気がしない」
プレイスタイルの違う潔の真似をしたいわけじゃないが、戦況の把握においては潔や、他チームのクレバーな選手に大きく遅れをとっている。
ブルーロックという特殊な環境で、特技も個性もバラバラな選手たちの活躍を見て色々考えた。自分に必要なものや、これから獲得できる未来の可能性。
きっと潔もそうなんだと思っている。風呂や着替えで隣に並んだときに、剥き出しの肉体を観察してくる視線を感じるから。押し合いで負けない、殺人的な威力のキックを叶える筋肉は、潔にはないものだ。
だから、寝支度をしていた潔に声をかけた。
ブルーロック生き残りが決まってから二次選考が始まるまでの期間。ひたすら身体機能強化トレーニングを言いつけられ、疲労が癒える暇もないが、ボールをとりあげられているせいで焦燥感があった。
サッカーがやりたい。自分たちは徒競走や重量挙げなんかをやりに集まったわけじゃない。
そんな不満を、勝ち試合を振り返ることで紛らわしたいような。そんな気持ちもあった。
椅子を端に寄せて床に座り、再生と停止と戻しを繰り返して、そのとき何を見て何を考えていたのか。解説してもらうと、漠然と捉えていた仲間や敵の動きが意味を持って理解できてくる。
でも試合中にそこまでは考える余裕はなかった。考えが及んでいたら、ポジショニングや動きも違っただろう。もっと自分で得点できた瞬間もあったかもしれない。
とは思うが。
「あ、ここ。凪が走ってるの分かってて追いつけたんだけど……」
「…………」
「國神?」
「ん、スマン。ちょっと眠気が……」
潔の肩に寄りかかった頭を起こすこともできないのに、一応は起きた風なことを言う。
「もう戻ろうか。寝るから布団で休もうよ」
「でももうちょい、最後のゴールまで聞きたい」
モニターで一時停止中の試合は後わずか。
「じゃあ……」
続けようかと潔が再生ボタンを押したそばから肩の國神が重くなってきて、ドミノ倒しになるまいと片手をつっかえ棒に踏ん張ったら肩を滑り降りた頭がズルズル膝まで下がってくる。
「ちょっと、睡眠学習じゃん」
膝の上から健やかな寝息が聞こえてくる。これはもう聞こえていない。試合はあと少し。ここからが一番いいところなのに。
布団に戻るために起こそうとした手を止め、潔はモニターに目を向けた。
複数アングルで撮影された動画をリモコンで切り替えると、汗だくの國神が前線に駆け上がっていくのが映る。ほんの少し前のことだけど、ブルーロックへ来たばかりの頃はずいぶん恵まれた体格だと思っていたのを思い出した。
だけど同じ空間で過ごすうちに、誰より早い時間から遅くまでトレーニングして体を鍛え上げていることを知った。この体は神様がくれたものじゃない。國神自身の信念の賜物だ。
そうして作られた逞しい肉体が芝の上で存在感を放つのが、まだ自分の武器を理解したばかりの潔には眩しい。だって、潔が幼い頃にテレビで見たヒーローのように力強くて。
潔のゴールで試合が終わり、みんなが歓喜に浮かれる中、國神ひとりが輪を抜けてコートの外に立ち尽くす久遠のところへ向かった。
一度はチームを裏切った久遠に何か声を掛けている。チームの輪に戻れない仲間に手を差し伸べる。國神はいい奴だ。自分の武器が分からなくて、一人で思い悩んでいた潔に声をかけてくれたのも國神だ。
正義感があって、強くて優しい。
「お前はもうヒーローじゃん」
膝に手をやると、短くて少し硬い髪の毛に触れて、そっと頭を撫でた。筋肉質の大きく温かな体を丸めて寝ているのが大型犬みたいだ。
「最後には一人になるとしても、この先も一緒に生き残ろうな」
明日も厳しいトレーニングなのだから早く布団に戻るべきなのに、動画が終わってメニュー画面に切り替わっても少しだけ犬みたいな頭を撫で続けた。
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◇彼氏力
一週間も一緒に過ごせばわかる。
(コイツ、女の子にモテるんだろうな)
いつまで続くかわからない合宿の日々に、女の子大好きの今村がみんなに絡み始めた。
「みんな気になってる女の子とかいないのかよ。スマホも没収だから連絡もできないし、あの子今頃他の男に告られちゃってるかな、とかさ」
若干名の胸には刺さったようだが、ここでは世界一を目指してサッカーをやってるヤツの方が多い。
「ない。告白とかされてもサッカーでそれどころじゃないしな」
きっぱり答えたのは國神だった。
お、これは告白されたことのある奴の回答だ。しかも小学校の頃の思い出とかじゃなく、結構最近の話っぽい。
「カーッ、模範回答つまんね!」
今村の話はくだらないとばかりにそっぽ向いていた雷市が吐き捨てた。
「そういう雷市は?」
「あ? モテたけど俺様がパーフェクトすぎて近寄りがたいんだよ」
「なし、ってことね」
「あ?!」
あんまりみたいだった。今村が勝ち誇った顔をしてヘッドロックをかけられている。
人間やっぱり性格だもん。そりゃ國神みたいなのがモテるだろう。
國神は今村みたいに話が上手い方じゃないけど、その分誠実って感じがよく伝わってくる。
雑談の輪の中で空気になっている潔はもちろんモテない。女子に嫌われてるわけじゃないが、クラスや部活の中にもっとモテる奴がいて霞んでしまうモブ枠というか。
バレンタインチョコに例えると、本命や毎年くれる子はいないけど、クラス替えでイベント好きな女の子のいるクラスに当たると貰えることもある。そんなポジションだ。
見るからにそう。ブルーロックに来てからも、たまたま蜂楽に気に入られてちょっと目立つタイミングがあったけど、國神みたいに最初から敵にマークされるような立ち位置にはいない。
だというのに、
「潔は?」
今村が雷市や伊右衛門と大騒ぎしているのを横目に隣の國神から尋ねられた。自分より遥かにモテそうな奴に聞かれるのも地味にダメージだ。
「モテると思う?」
んなわけないっしょ。という意味で自分の顔を指差したのに、國神は顔をまっすぐ覗き込んで力強く頷いてしまった。
「思う」
うわー、こういうところだよ。本心で言ってくれてるって分かるから堪らない。
「潔は温和だし、まとめ役とかじゃないけど、人のフォロー上手いだろ」
「それって集団にいると便利だけど、女の子から良い人止まりって言われる奴じゃない?」
「なるほど」
納得された。それも切ない。
「部活やってると、仲間以外と深く話したりする時間ないから伝わんないんだろうな」
「いいよ、フォローしてくれなくても」
「いや、マジで思ってることだし」
真顔でなんてことを言うんだ。耳が熱くなってきて、膝を抱える仕草で顔を伏せた。恥ずかしい。
そこでハッとして赤みの残る顔をあげた。
「もしかして、この間の仕返ししてる?」
この間というのは、たまたま國神が素直に褒められるのを苦手にしてると知ってからかった件だ。
でも予想は外れた。
「え、この間って……、ああ……思い出させるなよ」
まったく考えていなかった様子で、凛々しい眉を顰めて首をさすった。
こちらとしては仕返しの方が受け止めやすかったんだけど。
少し前。まだこのブルーロックで自分に何ができるかわかっていなかった頃。
みんなは自分の武器を自覚していたのに、自分はゴール前で足を振り抜くこともできなかった。ゴールのチャンスにしがみつけない。土壇場でパスしてしまった。
ストライカー失格の烙印が頭にまとわりついていた。
物思いは一人きりになると加速して、ランク下位の証である質素な食事が心に追い打ちをかける。
そんな時に現れて、悩みのヒントと、少しの自信と、暖かい食事をくれたのが國神だった。
弱っている時に染み渡る優しさ。女の子だったら一発で好きになっちゃうだろうな。
そんなことを呑気に考えていたのに、國神の彼氏力はあちこちで発揮された。
布団を運んでいる時に誰かの放置したタオルを踏んで転びかけたのを支えてくれたり、ついついひとりで盛り上がってしまった好きなサッカー選手の話をじっと聞いてくれたり。
挙げ句の果てに、試合で対戦したチームのメンバーに暴力を振るわれそうになった時。逞しい手で相手の腕を掴み上げて助けてくれた。
女の子なら取り返しがつかないくらい好きになっちゃってた。恐るべし、國神錬介。
口に出したらみんなにからかわれて恥ずかしいから心の中で、自分で茶化しておくけれど、女の子じゃなくても好きになっても仕方ないんじゃないか、と自分に言い訳し始めている。
だって、どうやら地元に彼女や好きな子がいないらしいと分かって何故かホッとした。
この合宿が終わったら新幹線の距離に帰っていくし、一緒にいる今だって、一番を争うライバルだ。國神の言う通り、恋愛なんかにかまけている余裕はない。
なのに、
「眠いなら布団入れよ。俺ももう寝るし」
膝に顔を埋めているのを眠りかけていると勘違いして優しく背中を叩いてくれた。
毎日適当に陣取って寝るスタイルの布団が、今日は國神の隣だ。わざわざ掛け布団をめくってくれる。
眠いなんてとんでもない。むしろ変な緊張で眠気が降りてこないぐらいだ。
でも、眠いふりして小さな声で「うん」と答えた。
國神には妹がいるそうだ。だから面倒見がいいのかな。
布団に潜って、何気ないふりを装って國神の方を薄目で見る。
目があった。
いや、驚いてすぐ閉じてしまったから違うかも。でもこちらを見ていた気がする。
うまく寝たふりが出来そうになくて寝返りで背中を向けた。
多分、この落ち着かない気持ちは今だけのものだ。特殊な環境、心細さに國神の面倒見のいい優しさがフィットして、弱った精神が妙な方向に流されているだけ。変に意識したら共同生活やトレーニングにも支障が出るかもしれない。
考えるな。どうせすぐに薄れて消える。ここから出たら黒歴史になる。そういうものだ。
目をつぶって自分に言い聞かせ、静かに深く呼吸を繰り返した。
モヤモヤした感覚を残して胸が落ち着いてくる。
あとには鼻の奥に染みる棘のような切なさが残った。
2024/4/1
◇人の気も知らないで
「はぁ、お腹減った」
やっとご飯だ、と手を合わせる潔の前にあるのは基本の白米に味噌汁と、メインのおかずの納豆だ。朝食なら悪くもないが、順位が変わらない限り昼も夜も納豆。
米は山盛りだし栄養は味噌汁の具なんかで多少補われているみたいだけど、飽きもくるし侘しくもある。
昨夜も、夜の食堂に一人きりで「納豆飽きた」とこぼしていたし。
ダラダラと納豆を混ぜる潔の米の上に、野菜炒めをひと掴みだけ乗せてやった。こっちはこっちで毎日野菜炒めを食べているから、ちょっとぐらい分けても惜しくはない。
「え、いいの?」
「ああ、一口分だけだぞ」
「助かるー。國神大明神」
両手を合わせて拝まれた。
「いいから他の奴に見つかる前に食っちまえ」
順位の低い誰かにバレたら、自分も分けてくれと押しかけてくる可能性大だ。
食は大問題。ランキング順位で差をつけて競争を煽る手口は卑劣だが、這いあがろうという意識を高めるのにはなかなか効果的だと評価せざるを得ない。
納豆を放り出して野菜炒めと米を頬張る横顔を見て満足して、自分も箸を動かした。
しっかり咀嚼してこの後のトレーニングのためのカロリーを摂り込む。
「…………」
「何?」
視線を感じて隣を見ると、身を乗り出した潔が耳元に口を寄せて囁いた。
「お前、優しくていい奴だよな」
「ン、ゲホッ…ゴホッ…」
うっかり米が気管に入って咽せる背中を甲斐甲斐しくさすったり水を差し出したりしてくれるが、不意打ちでからかってきた潔のせいだ。
「おま、急に何言うんだ」
ニヤけ顔の潔を睨んでも何の効果もなく。
「ほんっと褒められるの苦手なんだな」
耳真っ赤、と追い討ちで触ってくる手を強く握る。握り潰すぐらいに。
「いだだだだだ、ごめんて!」
「お前だって、何でサッカーやってるんだ? だだけ?」
「え、それいじるの? 真面目に答えてくれたのに」
「お前が先に仕掛けたんだろ」
「えーごめんってば」
騒いでいるところに「なになに?」と蜂楽が割り込んできて、お互いのために口を閉じた。
「ふたりきりで内緒で盛り上がってたの? 気になるー」
「なんでもないよな?」
「何でもないね」
「えー!」
口を尖らせる蜂楽に見えない机の下で足を蹴り合って、噛み殺した笑いが堪えきれずにちょっと漏れた。
何がいい奴だよ。からかってくるクセに、スーパーヒーローになる夢の話は持ち出してこなかった。いい奴ってのはお前のような奴のことだ。
それから何気ないタイミングで潔が耳打ちしてくるようになった。もう「いい奴」とは言わなかったけど。
「そういうとこ好きだよ」
まだからかってるんだろう。無視しても赤くなる耳を見てニヤニヤしているから。人の気も知らないで。
2024/4/1