行きつけの店/cozmez+BAE/2805

「アレン。美味しい店があるって言いましたよね?」
「美味いだろ?」
 ハンバーガーチェーンの特製バーガー片手にコーラを啜っていたアレンは小首を傾げた。
 たまたま見たい映画があったから二人で出かけた昼だ。目的の映画館周辺は昔よく来たからとアレンが案内してこの店に入った。
 近くにある全国チェーンの店より混んでいないし、肉も厚くて美味い店だ。新鮮な野菜も多めに入っているから健康志向の夏準も好きだろう。
 そんな考えが顔面に出ているアレンに夏準は頷いた。
「ええ、都内限定でチェーン展開出来る程度にはね」
 そして続ける。
「ですが、美味しい店として人を連れてくるような店ではありません」
 夏準だってアレンに多くを望んでいたわけではない。それでも、夏準だって店構えくらい知っているようなチェーン店とは思わなかった。女の子とのデートで「美味しい店」との前振りで連れてきたら次のデートの約束をしてもらえなくても仕方がない、と夏準は思う。
 だけどアレンにその想いはさっぱり通じなかった。
「わかってないな夏準」
 とてつもなく心外なことを言われた。
「食事のことに関してはアレンより分かってないことなどひとつもありませんよ」
 一瞬だけ夏準のよく鍛えられた表情筋が仕事を放棄した。
 その向かいに座るアレンは夏準が微笑んでいようが真顔だろうが気にも留めない。
 ピッと人差し指を立ててニヤリと口角を釣り上げる。
「この店はな、古いレコードを流してるんだ」
「はぁ」
「オールドアメリカンをコンセプトにしてるだけあって、古い名盤揃いだ」
「そうですか」
 これは放っておけば長いな、と判断し、夏準は食べ終えたハンバーガーの包み紙を丁寧に畳んだ。アレンも残り一口程度だが、今のアレンの口はハンバーガーを頬張るより音楽を語りたくて仕方ないらしい。
「実家で小遣いもあんまりなかった頃はよくハンバーガー食いながら聴いてたもんだよ。他の店舗にも行ってみたけど、置いてるレコードが違ってさ」
「アレンにとって得がある、という意味のオイシイでしたか」
 食事の方の美味しい、でないのなら納得できる。不味いわけでないにしろ、ハンバーガーショップとしては普通の域を出ない。
 その解釈は概ね正解らしく、話を続けてもアレンから味の話は出てこなかった。
 とうの昔に把握していたことだが、アレンは花より団子よりヒップホップだ。
「俺だけじゃない。見てみろよ、あっちのテーブルも、あそこの店の前のガードレールに座ってる奴もBGMを聴きに来てるんだ」
 店の扉は、天気の良い今日みたいな日には広く開放されていてテラス席もある。ピークタイムもそろそろ終わりでそれほど混雑しないせいか、他の客がパソコンやノートを広げていても放置されていた。
 店の敷地外の人間に至っては、もはや店の客とも呼べないだろう。
「あちらは勉強してるみたいですし、店の前の人は待ち合わせでしょう。ほら、お相手が来ましたよ」
「そうかぁ?」
 先に飲み物を空にして時計を見ると、いい頃合いだった。食べ終えた包み紙やグラスの乗ったトレイを持って夏準が先に席を立つ。
「アレン、もうじき映画の時間です」
「もうそんな時間か。このレコード最後まで聴きたかったのに」
「ひとりで残っていてもいいんですよ」
 にっこり微笑んで歩き出したのは、駄々をこねる幼児に親がやる戦法に似ているが、アレンの場合は本気で動かないこともある。だから置き去りにする方も本気で、ついて来なければ本当に一人で映画に向かう覚悟があった。
 振り返らない背中は強い。
「悪かったって。待てよ夏準!」
 急いで残りのハンバーガーを口に詰め込み、コーラで流し込むと、早速店の前の通りで女の子に声をかけられている連れを追って店を飛び出した。

 街路樹の脇に連なる白いガードレール。その端に俯きがちに座った少年の前に彼とそっくりな顔の少年が立ち止まる。
「珂波汰、どう?」
 顔を上げた珂波汰は見下ろす那由汰に向けて緩く首を振った。
 二人は双子の兄弟だ。
 この場所で網を張っていた珂波汰とは別行動で、那由汰は周辺の別の通りで行き交う人の流れを偵察していた。
 商業施設の多いこの辺りは格好の狩場だったが、
「イマイチ」
 スリを働くつもりで待機していた珂波汰のポケットは未だ空っぽだった。
 そういう日もある。気分が乗らないと特に。
「場所変えた方が良くね?」
「んだな。でもここ、そこの店の選曲がいいんだよ」
 あまり目立たないよう、ちらりと店に視線を向けた。店に背を向けて立つ那由汰は振り向かない。監視カメラや人の目はどこにでもある。不自然にならない程度に、下や道路側を向いておくに越したことはない。
「ああ、外まで聴こえるもんな。中に入ったらもっとちゃんと聴こえんのに」
 珂波汰の待機していたガードレールの向かいはハンバーガーショップだった。安くて早い店よりお高くて、いつも外国語の曲が流れている。店のテーマソングがわりだ。店の雰囲気に似合っていた。
 耳を澄ますと聴こえる店のBGMが良かった。カッコよくて、時には力強くて。
 この通りを少し歩くとショッピングビルやゲームセンター、映画館なんかがあって、無駄銭を使いにフラフラしている人間が大勢いる。ここで目星をつけて、それとなく後を追ってタイミングを見計らって金をくすねる。
 そういう仕事の待機場所として都合も良い。
 でも、店に入ったことはなかった。もちろん、食べたこともない。
 兄弟で盗みなんかやっているのは遊ぶ金欲しさやスリルを求めているわけじゃなかった。今日の飯代や明日倒れた時のため。来月も隙間風の入るボロ家から追い出されないため。
 雰囲気に金をかけた店で食事をする余裕はない。
「バカ言え。何か買わないと店内なんて居座れねぇだろ。こんな無駄に高いところで金使ってられるかよ」
「まぁな。店の客みんないい服着てやがるし……」
 那由汰の視線が店から出てきた青年に流れ、珂波汰がごく自然にガードレールから降りて隣の店に向かって踏み出した。
「……おっと」
 そこで慌てた様子の青年にぶつかる。
「あ、すいません。急いでるんで!……おい、夏準!少しは待ってくれよ!」
 ちょっとよろけて素早く道を開けると青年は軽く頭を下げて走っていった。先に行ってしまった仲間の名前なんか呼びながら。
「…………」
「…………」
「ちょろ」
 青年と反対方向に進むと那由汰もついてきて隣に並び、たまたまを装って軽く肩をぶつけてくる。
「自分から盗られにくる奴もいるんだな」
 珂波汰は上着のポケットの中で今しがた盗んだばかりの財布の中身をざっと確かめる。札が数枚入ってる。安く見積もっても夕飯代には十分だ。
「よし。那由汰なに食いたい?」
「ラーメン」
「じゃ、雷麺亭だな」
「やっぱハンバーガーよりラーメンの方が腹に溜まるしな」
 今日の最低限の収穫はあった。
 二人は足取り軽く寝ぐらへと帰っていった。