目を覚ますと熱が下がってた。
時計を見るのも億劫で何時間眠ったかは分からないけど、口も喉も肌も。どこもかしこも乾燥して最悪だった。
枕元にはスポーツドリンクがボトルで置いてあって、もはや義務感で飲んだ。体が水分を求めてるんだからもっと美味しく感じても良さそうなのに、風邪のせいか、半端な甘さにイラついたりして。
少し喉が潤って気が済んで、ペットボトルを元の位置に戻そうとして落とした。拾うのも面倒。
だけどいつまでも寝てられないし、でもベッドの下まで転がっちゃった。まだ全身怠いのに。
些細なことの決断ができなくて体調の悪さを実感する。体が元気じゃないと頭も回らないんだ。
結局ペットボトルを諦めて布団を被り直し、多分このスポーツドリンクを用意しておいてくれた人に、枕元に置いていたスマホからメッセージを送ろうとした。
その時、ノックが聞こえてメッセージの宛先張本人が見舞いに来た。
「おや、起きたんですね。具合はどうですか?」
「ナイスタイミング。熱はもうないよ」
重い体を起こそうとしたら手振りで止められたから、ありがたく浮かせた頭を枕に戻す。久しぶりに熱なんか出したもんだから頭も体も怠くて仕方なかった。
夏準の手元に青い冷却シートを見つけて自分の額に手を当て、体温と同じ温度に温まったシートを剥がした。
「おかゆ作りましょうか?」
「うーん、それより乾燥がヤバいんだけど」
指の腹で唇を触ると薄い皮膚が固くなってた。
「リップクリームとって」
ドレッサーを指さすとポーチからリップスティックを見つけて手早く下唇に塗り付けてくれた。蓋をしたらすぐにポーチに戻す。もう一人の同居人、アレンだったらこうはいかない。
それからポーチの横に置きっぱなしにしていた洗顔シートを持ってきてくれた。冷却シートの内側に汗がこもっていたおでこや首回りを拭くと気分がマシになる。
「あとはどうします?吐き気がないなら少しずつ食べた方が回復しますよ」
「じゃあリンゴ」
「はいはい」
扉を見ながら待っていると、間もなくうさぎの形に皮をむいたリンゴが出てきた。
今日の夏準は優しくて親切で、つい笑っちゃった。
「何がおかしいんです?」
機嫌を損ねたみたい。今度こそ体を起こしてフォークにさしたウサちゃんをひと欠片貰う。
「こんなに優しい夏準珍しいからさ」
「こちらも珍しく弱っているようなので、同居人のよしみで手伝って差し上げたんですが、要らなかったようですね」
「怒ンないでよ。なーんか、小さい頃のママみたいだなって思っただけ」
リンゴを噛みしめると甘酸っぱい果汁が美味しかった。スポーツドリンクよりずっと口の中を潤してくれる気がする。
ボクのママは、良い親じゃなかった。パパが出て行っちゃったからってまだ子供のボクを自分を支えてくれる王子様にしようとしたから。
だけど風邪で寝込んだときには飲み物やリンゴを用意してくれたり、絞ったタオルで額を拭いてくれた。小さなボクの大好きな優しいママだった。
「ねぇ、夏準って実家にいた頃からこうだったの?」
「いいえ、使用人がいましたから。……まあ、使用人に頼み込んで食事を運ぶ役目をさせてもらうくらいは」
「そっか、そうだよねぇ」
韓国有数の財閥のお坊ちゃんだ。看病もかかりつけの医者やが看護士が担当するのかもしれない。
「うちはさ、古い頭のママが男児台所に入るべからずって考えで、ママが寝込んだ時でさえ何もさせてもらえなかった」
「おかゆなんか作らせたら鍋ごと炭になるからでは?」
「うるさいな」
ムカつく作り笑いの夏準と睨み合って、夏準が本当に笑うのと同時に噴き出した。
「元気が出てきたみたいですからお風呂とおかゆを準備しますね」
「うん」
それから思いついて、ドアノブに手をかけた背中に呼びかける。
「夏準。夏準が熱出したときにはボクがリンゴ剥いてあげる」
「剥いてくれるならミカンにしてください」
そう言ってムカつく男は出て行った。