韻踏む朝活!SS集/随時更新/11941

※ライミングの練習で書き溜めている小ネタです。

◇説法会/寂雷

ハロウィンはどこの街も騒がしい。夜の街シンジュクも例に漏れず、毎年夜間にハロウィンイベントが開催されている。
仮装パーティー、仮装コンテスト、特設ステージでのライブ。当然それぞれのディビジョンを代表するラッパーにもオファーがいく。イケブクロやシブヤは喜んで参加し盛り上げているが、シンジュクハロウィンフェスでMC.ill-DOCライブが行われるのは今年が初めてだ。主催は毎年オファーを出しているが断られ続けていた。
今年もダメかと思いながら頼み込んで、数日後にオーケーの返事が来た時には飛び上がってフライヤーにでかでかと神宮寺寂雷の名を載せた。
ラップを医療行為に位置付ける寂雷のライブステージは貴重だ。ディビジョンの外にまで知れ渡って多数の観客が詰めかけた。
当日、ステージに立った寂雷はいつもと変わらぬ穢れのない白衣姿だったがハロウィンの路上には男女問わずたくさんのナースコスプレがいたので逆にハロウィンらしかった。白衣を翻して歩く一挙手一投足に大盛り上がりだ。
そしてたった一人で多数の期待の眼差しを受けながらスピーカーから流れ出すビートに乗せて、寂雷が薄い舌に乗せて言葉を紡ぎだす。

『今宵はこのハロウィンステージにようこそ、今日こそ、ここに集う者たちに問うこの、私の長年の想い
無礼講と浮かれて飲みすぎてはいないか
もう一軒行こうとも毎回乾杯する必要はないんじゃないか
弱き者たちに無理に飲ませてはいないか
自分の限界見誤ってなどいないか
人の人生には超えるべき壁がある
しかしアルコール分解には個人差がある
毎年多数の人々が酒で道を誤る
超えるべき壁は酒ではない、貴方の道は他にあるだろう
ここで体壊すな、酒で勝者目指すな
急性アルコール中毒でも人は死ぬんだ
ゴーストの仮装が飲み過ぎれば本物のゴーストになるんだ
朝になれば夢は覚める、酔いも覚めるが、死ねば永遠に目覚めぬ
我々は生きる者しか救えぬ、それを医師として私は告げる』

低音で響くフロウが熱狂していた場を沈めていく。地鳴りのような歓声も止んだ。販売店のレジ前に酒瓶片手に並んでいた人の列も消えた。
街が理性を取り戻していく。時刻はまだ九時を過ぎたところだった。

ハロウィンの夜は浮かれた若者が急性アルコール中毒で多数搬送されてくる。寂雷はこうした人手が必要な日は自主的に大病院の救急センターにヘルプに行っていてライブなどしている暇はなかった。
毎年時期が近くなると注意喚起を繰り返しているが、一度酒が入ってしまうと過去に聞いた忠告など思い出さないものだ。ハロウィンイベントの拡大に比例して年々患者は増えるばかり。
寂雷がそんな悩みをこぼした相手は歌舞伎町ナンバーワンの男だった。一二三くんのお店では気をつけてね、と。
だけど一二三は思いも寄らない事を言った。
「そんなら先生がステージに立って、アル中気をつけろよー!って叫んだらいんじゃね?」
その発想はなかった。叫ぶのはともかく。この提案を真面目に受け取り病院スタッフとも相談した結果、初めてシンジュクハロウィンフェスからのオファーを受けた。あくまでもライブステージなので趣旨に反しないようラップを披露しに。
お陰様で救急搬送された患者は昨年の半数以下。病院スタッフにとっては随分マシなハロウィンになった。来年もよろしくお願いします、と主催だけでなく病院スタッフに頼まれた。
その年から雰囲気が変わったシンジュクハロウィンフェス。シブヤではこれを説法会と呼んでいる。震源地はもちろん飴村乱数だ。

2018/10/27 文庫ページメーカーでアップ

◇百人目/一郎二郎

「Winner MC.MB!!」
高らかに拳を突き上げるのは不動のチャンピオン、山田二郎。これで本日十勝目。
こうなるともう勝って当たり前だ。オーディエンスは入れ替わり立ち替わりだから拍手と歓声は尽きないが面白みもなくなってきた。
隣で座る仲間の手元のノートを覗き込む。しばらく前から記録し始めた戦績ノートだ。クラスの連中がやり合うたびに勝敗を書いているが、二郎は挑まれる回数が多いから別の専用ページに分けてある。結果はすべて二郎の勝ち。
「今何連勝?」
「んーとね、今回ので九九。あと一勝で百人斬り達成」
「おおー」
文化祭が始まった昨日の朝には八二連勝だった。企画効果で予想より早くに大台に乗りそうだ。
イケブクロ代表BusterBros!!!の名前をデカデカ書いたチラシをばら撒いた甲斐があった。
お陰様で我らが馬鹿クラス主催のラップ選手権は大盛り上がり。一定の勝利を収めるとチャンピオンと対戦できることになっているが、二日目の今も二郎は不敗だ。
だけどそろそろ飽きてきている。運営のために二郎と一緒に教室に詰めっぱなしの俺たちが。
「お次の挑戦者、カモーン!」
教室の入り口に人影を見つけた司会が片手を挙げる。逆さにした机をコーナーポストにしたリングを取り囲む観客たちが司会の手の先を追って振り向き、どよめきながら道を開けた。モーゼの十戒だ。
通常なら二郎以外のメンバーと予選を行ってからチャンピオンに挑戦だけど司会は黙ってリングに迎え入れた。
二郎はタレ目をまん丸に見開いて言葉を失っている。
チャンピオンと挑戦者が揃うと司会は二郎のコメントを待たずに対戦カードをコール。
「チャレンジャー、MC.BB!ビートはこちら!」
ビート確認も掻き消されるような騒ぎの中で挑戦者としてリング入りした山田一郎は手を挙げてオーディエンスに応える。一方の二郎は司会に説明を求める目を向けシカトされた。
「それではいきます、bring the beat!」
チャンピオンを取り残してバトルは始まる。挑戦者の先攻だ。

『Yo,驚いたかよ暫定チャンピオン
家じゃ俺がモンスター、でも今日はチャレンジャーだ
残念だったな、百人斬りの夢はこれっきり、連勝記録を一に戻し道を阻むのはこの俺一郎』

『ちょっとまって、なんでいんの?!
予定表に今日は仕事って書いてたじゃん!
昨日来ないって言ってたじゃん!
何が挑戦者、ラスボス登場か!?
でも俺がチャンピオン、ここじゃ必勝!
この一勝で一層盛り上げる!』

『ご依頼主はクラスの皆さん、萬屋ヤマダここに推参
お山のボスの鼻へし折るのがオーダー
精神干渉なしの決勝、観客は熱狂、任務遂行
お代は割り勘、お値段以上に魅せるぜタイマン』

『割り勘?ってやな予感!打ち上げ代に600円って安すぎって思ったんだ!
ダブチセットも買えねーじゃん、て!
何で俺も頭数に入れて割る?!テメェら後で頭かち割る!』

バトル相手じゃなく観戦するクラスメイト一同をdisるチャンピオン。囲む俺たちは大満足だ。
さて、このフリースタイルバトルは普通のマイクを使っているので勝敗はギャラリーに委ねられる。
「それでは、チャレンジャーがいいと思った人は声出してくださーい!」
判定や如何に。

2018/10/15 文庫ページメーカーでアップ

◇休日の昼/さまじろ

コツコツ、軽快に鳴っていたローテーブルとペン先が立てる小さな音が止んだ。紙の上でペンが立ち止まり、最後の一行を線で潰して残りの末尾の『murder』に丸を付ける。左馬刻の作詞作業はそこで詰まっているらしい。ずっとつけていたヘッドフォンも一度肩に下げ、新しい煙草に火をつけてから耳の下で流れ続けるビートに合わせて指先で膝を叩く。
俺は読んでいた漫画の最終ページをめくり、閉じると、肩に顎を乗せてヘッドフォンに耳を寄せた。聴いたことのないビートだ。
肩に重みをかけられて邪魔だろうに、もう集中力が途切れているからか退かされない。だからそのまま肩の上でビートに合わせて言葉を舌に乗せる。

『まーだー空かねぇ腹?
それでも、頭に糖分、上げてけテンション
ランチタイムしてパンチラインきめりゃ、気分転換に最適じゃん?』

バースの終わりにヘッドフォンを繋いだスマフォに指が伸びて音楽が止まる。それからペンを置いた手の親指と人差し指が目の前でオーケーの形を作った。かと思うと眉間を弾かれる。
「痛っ!」
仕置のようだがこれはオーケーのサインだ。肩から離れると苦情と苦情のキャッチボールでコミュニケーションをとりながらキッチンに向かう。
時刻は正午。今日は家の夕飯当番。いつもより早めに帰る。だからここで過ごせる時間は残り五時間。午後は作詞の隣で昼寝の予定だ。

2018/10/8 文庫ページメーカーでアップ

◇受けるか攻めるか、それが問題だ/さまじろ

独立した生き物みたいになめらかに動き回る舌が唇の間から抜けて行くと当たり前のように腹周りを探っていた手が当たり前の顔でジーパンごと下着を下ろそうとする。
二郎も左馬刻の服を乱そうとするが手際の差で先に剥かれてしまうのが常だ。
慌ててその手を掴んで止め
「待てよ、今日は俺が挿れたいんだけど」
毎回ケツを差し出してばかりだが対等のつもりでいる。つまりこっちにも挿れる権利があるはず。何も毎回そうしたいってわけじゃなく、たまにはいいだろうと思って言ったのだ。
だけど左馬刻は鼻で笑って却下した。
「ダメだ」
「なんでだよ!アンタばっか好きにしやがって!たまにはケツ出せや!」
出したところで最早ムードもへったくれもないが意地はある。
半ば覆い被さっていた体を退けた左馬刻は面倒臭そうにテーブルの煙草を取ろうとした。が、指が届く前に二郎が身を乗り出して弾きテーブルの向こう端まで滑らせた。
「あ゛?ヤる前に一発かますか?」
「上等だ。負けたら俺がハメっからな?!」
セックスには必要ないのでテーブルに仲良く並べて置かれていたヒプノシスマイクを掴むことでバトルの合意が成立する。揉め事はラップで解決するのが暗黙のルールだ。
唇に残る相手の唾液を舌で拭うとマイクを構えて息を吸った。

『Yo!女役返上!今日は下克上!
青少年夢見るオスの性交!
こちとらテメェの一番弟子だし
アンタ仕込みのテクでイカすし
懐の広さ見せろや大人!』

『やれると思うか下克上?ハッ
乗るなら乗れよ、いいぜ騎乗位
腰振りゃ穴疼くパブロフの犬が
腹埋めるご褒美ナシでもイくか?
熱ハラミ性の暴走?
そりゃ残念ミノらねぇ妄想』

『妄想なんかじゃ終わらせねぇ!
久しブリに粘るこのバトル勝ちとる
悟る、Dopeな扉開き、ヒラメき、喘ぎ
見せろよトロ顔、教えてやるよケツの良さを!』

『口説き方から出直せクソガキ
お前が乗って俺が掘る、問題はナシ
話になんねぇガキの反抗期
身の程知レバ満たしてやんよ肉欲』

『肉よりも寿司、回る寿司の口
エビ、カニ、アナゴ、ウニ
積み上げる皿で満たす寿司欲
腹減ったからとりあえず飯行く?』

「……仕方ねぇな。今日は寿司にしといてやるわ」
各々マイクをしまうと脱げかけた服を整え、最寄りの寿司屋でたらふく食った。

2018/9/4 文庫ページメーカーでアップ

◇グリコ/山田兄弟

「最初はウェッサイ!じゃんけん!」
「ホー!……僕の勝ち!」
開いた手のひらを高くあげて振ると、長く続く石段の下で三郎が跳ねた。一郎のお古で金具が緩いランドセルの蓋がペラペラ揺れる。
悔しそうな二郎が「数えるぞ!」と急かす。兄二人が声を揃えて一から十まで数える間、唸りながら三郎は単語をひねり出した。
「パイナップルでしょ、えーと、タイアップ!ライラック!えーと、えーと……」
上を向いたり下を向いたりして単語を探している間にタイムアップが告げられる。
「……きゅー、じゅー!はい終了ー」
「二歩な!」
三郎が悔しそうに二段だけ登って振り向くとまたじゃんけん。
「最初はウェッサイ!じゃんけん!イェー!おっしゃ勝ったー!」
「二郎ずっるい!グリコ楽勝じゃん!」
「うっせぇな!じゃあ三郎もグーだせよ!」
「二人でグー出したら決着つかないだろ!」
「二人ともいいから数えるぞ?」
スタート地点からまだ動けない一郎が言うと小競り合いをしていた弟達はすぐにスタンバイする。二郎はグリコで単語を考え、三郎は一郎と一緒に数を数える。
「いくぜ!いーち、にー、さーん……」
「うーん……グリコ、グリコ……潮、……スミ子、ユキオ、ユキ子、ユキト」
「オイ!人名は卑怯だぞ!一歩!ですよね?いち兄?」
二人の視線が一郎に集まる。仁王立ちで腕組みして、少し考えてから判定を下す。兄弟でやる遊びのルールブックは長兄だ。
「二郎の知り合いにいる名前だけカウントする」
「じゃあユキオだけですね!」
「スミ子もいるって!タバコ屋のばあちゃん!」
「じゃあ三歩だな」
兄の承認を得ると異議申し立てした三郎に舌を出しながら二郎が階段を登る。一、二、三。三郎より一段上へ。
次のじゃんけんはあいこが続いて仕切り直して一郎が勝った。
「チョコレートだよ兄ちゃん!」
「頑張ってくださいいち兄!」
一郎のことばかりはゲームのライバルでも応援する。だけどカウントを間延びさせたりなんかはしない。先に石段を登った二人が指でカウント表示しながら十数える。
「おっしいくぜ!ポートレート、外稽古、オトメイト、元生徒、んー……」
「……はーち、きゅー」
「……あ、あとSey Ho!」
時間ギリギリに滑り込むと、九まで数えた二人は十の代わりに指折り数えていた手をパッと広げて挙げ「ホー!」で返す。
笑い声の中、弟たちをすり抜け、一番多く高く登った。
そしてまたじゃんけん。同じ手が続くとグーチョキパーのお題を変えて、石段の上まで続くライミングクライム。
帰り道は兄弟に遭遇してからが本番、帰り着くのは陽が暮れる頃だ。

2018/8/29 文庫ページメーカーでアップ

◇弟さんを下さい/さまじろ

なんやかんやあって一郎お兄様に挨拶すると言い出した左馬刻。
「挨拶?嘘だろ?」
そう思いながらも万に一つでも和解するチャンスなのでは、と思った二郎の期待虚しく持ち出されるマイク。低く響くビート。
争いは避けられない運命なのである。

一『今日の俺は兄貴として語る。
眼鏡にかなわなきゃここで即、葬る。
祝福、期待してるならまず誠意見せろやクソ猿!』

左『厳格なお兄さん、なんて流行らねーぞ。
弟の意思を尊重、すんじゃねーのかよ?
その調子だとそのうち弟にも愛想つかされ動揺、そして投了』

一『やっぱテメェに跨がせる敷居はねぇ!
仕切り直しても門前払い、屍にするだけ。
弟の意思、も大事だが幸、あれと願うのも兄の務め、つまり今ここでテメェをマジぶっ殺すぜ!』

左『ぶっ殺す、つもりで自分がお陀仏、なんてオチで終わるかこのバトル。
墓に入っても安心しなさい、弟さんのことは任せなさい、盆と彼岸だけさせる帰省。あの世から見る現世の安寧』

二『黙って聞いてりゃまた好き勝手!言いやがって!兄ちゃんだって、俺のこと心配してくれてるだけだって!
つか喧嘩しねぇって、約束破ってんじゃねぇ!
俺は兄ちゃんに愛想尽かさねぇ、ハマにゃ住まねぇ、兄ちゃん殺らせねぇ!』

左『ガキがしゃしゃり出てくんな、このトンマ。
喧嘩じゃなくてこれが挨拶、ガキにゃできねぇか解釈。話にならねぇ兄貴をここで介錯。
最早テメェの問題じゃねぇからすっこんで見てろや大人しく』

二『あ゛ぁ?!どっちがガキだよ?テメェが子供!
もう作ってやんねーきんぴらゴボウ!
敵意しまうのが挨拶の基本、だ!礼儀ねぇテメェは子供以下!
帰って「ごめんなさい」から教育すっか?!』

突然の弟乱入に一歩退いて痴話喧嘩に割り込めない一郎。聞き捨てならない言葉を聞いた。
「オイ、アンタ昔は根菜大っ嫌いで一生食わねぇって言ってたじゃねーか。いつの間にきんぴらなんて食えるようになってたんだよ……」
一歩も引かない弟と僅かに動揺の見える昔馴染みのヤクザ。
正直を言うと女癖の悪い男との交際なんて爛れたもんだろうと。勝手にそう思っていた兄は漂う食育の気配に考えを改めざるを得ない。
もう昔のカッコいいアンタじゃないんだな。改めてそう思い、マイクのスイッチを切った。

2018/08/09 文庫ページメーカーでアップ

◇パンツ/さまじろ

携帯に非通知で電話があった。鼻息が荒い。
『お兄さん今日のパンツ何色?
俺はチェック、水色。
白?黒?着けてりゃどんなパンツだって貴賎ないよ?SAY 色!
ついでに知りたい今の顔色』
喧嘩で瀕死の仲間からのSOSかと思ったらこれだ。キレようとしたら横にいた連れに携帯を奪われ、
「うっせぇ今から脱がす!」
代わりにキレて切って後はご想像の通りだ。

2018/08/05 SS名刺メーカーでアップ

◇ハマ除霊

生き物皆、死ねば最後には審判の場に立たされる。かく言う私も地縛霊として随分長く現世に留まってしまったが、ついにここまで来たのである。
俗に言う閻魔様は私の生前の人生を記した書類に目を通してから尋ねた。霊になってからはどうやってここまできたのかと。
どうせ悪霊だったので何を話しても話さなくても地獄行きだが、最期に珍しい経験をしたのでこれを話した。
悲惨な事件を経て自宅で殺された私の家は朽ち果て、それでも取り壊そうとすれば呪われる家としてH歴になってからも残されていた。かの有名な貞子もVHS時代からネット配信時代までを駆け抜けてきたのだ。なんの不思議もない。
心霊スポットの主として時々くる若者を呪い殺す日々。その日訪れたガラの悪い三人組もいつも通りやって終わりと思っていた。
「なんでペット探しなんてやってんだ!」
「花摘みを手伝ってくれた幼女に頼まれてな」
「だからってこんな場所……本当にその猫はここに入ったんです?!」
「確かに見た」
チンピラ、潔癖スーツ、ミリタリーの身長一八〇を超える男達は叫ぶように話しながら侵入してきた。古い家で鴨居が低く、全員戸という戸を潜る際に上を気にするほどデカい。
背の低い相手なら天井からぶら下がって首をひねりちぎってやるが今回はぶら下がった途端に連中の顔面にぶつかりそうだ。ならば、台所を探しにきたところに戸棚から手を出して引き摺り込んでやろう。…としたら見掛け倒しではなかったミリタリーに関節を決められた。
「今のなんですか理鶯?!」
「何って幽霊に決まってんだろボケカス!どうすんだこれ!」
襲ったミリタリー以外の二人の方が半狂乱だ。問題ない。焦らず行こう。
今度は周囲を警戒しながら歩き回っていたチンピラが恐々洗濯機を覗いたところを捕まえる。私は青白く冷え切った幽体で洗濯槽に潜み、男の白い顔が見えた瞬間に唸り手を伸ばした。
「うおおおおっ、クッソ舐めんなゴルァ!」
洗濯機の腹を蹴りつけた男は一歩後退してギリギリのところで手を避けると、腰のベルトから何か、マイクを持ち出した。私は古い人間なのでその意味がわからず、洗濯機から這い出して男に迫る。男は鬼のような形相で私を睨みながらマイクで何か歌い始めた。

『ふざけんな怖くねぇぞ!テメェブッ殺す!
鼓動、高めてビート乗り殺す!Yo!
テメェがラップ音で呪う、なら俺はラップでボコす!
幽霊脆く、俺様のフロウで圧勝の予想!』

幽霊は陽気な空気に弱いとか恐怖を紛らわす為とかで歌う若者はいるが実際効果なんてない。だがこの独特の歌、強く単語を打ち出されるたびに魂が殴られたようになる。幽体、すなわち魂そのものである私は床でのたうち回った。
「おい、ヒプノシスマイク効いてんぞ!」
チンピラが手応えを得て仲間を呼びつけた。壁のような男達は皆チンピラ同様にマイクらしき機器を手にしていた。まさか同じような歌を歌うのだろうか。焦った私は一番弱そうなスーツの足に腕を絡ませる。普通ならそいつを犠牲にして二人が逃げる場面だが、またしてもミリタリーが硬い靴底で腕を踏み、緩んだ隙にスーツの革靴が抜け出してあろうことか私の頭を踏みつけにした。踏まれた頭上から案の定、音楽が降り注ぐ。

『死後も迷惑条例違反で裁判
するのはもちろん閻魔の判断
シャバにいる期間はもう終盤
乱れ撃つBANG マイクがGUN
俺ら使う言葉の弾丸
鉛玉すり抜けてもこれは着弾』

まさに一言一言が銃弾のように魂を痛ぶり、三人目に手番が回る頃には体が薄く透け始めていた。そう、三人目の男、何をしても動じないミリタリーもまた歌い始めたのである。

『英霊達にまずは敬礼
幽霊にもあるか階級と精鋭?
礼を尽くして供えるカレー
それで成仏しなけりゃ容赦しねぇ
悪霊さばいて地獄で猛省、させるのが俺らハマの恒例』

幽霊諸氏はご存知だろうが、お経とは霊に対する暴力ではなく、在り方を説いて導くものである。それに対してこの度私が浴びせられた、“ラップ”というのはお経とは真逆に言葉で殴る暴力だ。
悪いことは言わない。これから幽霊デビューする君たちはお経を唱えられている間になんとしてでも成仏することだ。徳の低そうな妙ちきりんな連中に撃ち抜かれ二度殺された私は今まさに猛省している。
あの世の住民票に記される成仏した理由、通常は「読経」と書かれる仏因欄に「ラップ」と書かれるのは屈辱である。
男たちは私が完全に消えると持参したちゅ〜ると洗濯ネットで無事猫を捕獲し帰っていった。巷で「幽霊にはラップが効く」と噂になったのはそれから間も無くのことである。

2018/08/04 段組小説ジェネレーターでアップ

◇替え歌ドライブ/いちひふ

萬屋稼業は定休日がない。いつも安定して仕事があるわけじゃないから設けていない。依頼がない日を休みと定めている。
今日は休みだ。と思っていた朝に旧知の医師から電話が入った。曰く、釣りの代打を頼みたい。友人と釣りの予定だったが急に仕事に向かわねばならなくなって、準備してくれている彼に申し訳ないから車で迎えに行って一緒に釣りをしてきてほしいという、依頼というよりはお願いだ。
二つ返事で了解した。相手はシンジュクでホストをやっている男で面識もある。久し振りの釣りも悪くない。
彼、一二三は愛想が良くて賑やかだけど接客業だけあって気が回る。釣り餌が足りないから買ってくると言って先に動いてくれるし、釣果が芳しくなくても「次はイケる!」と背中を叩いてくれる。頼まれてきたのは一郎の方なのに接待されているみたいだった。
硬派な兄こそ至高の人間と思っている弟たちは気に入らないようだが一郎にとってはそう付き合いにくい相手じゃなかった。
結局ゼロではないが褒められるほどでもない、微妙な結果と道具を担いで一郎の仕事用の軽トラに戻って帰路に着く。二人とも夕飯は自宅で家族や同居人と食べるからこれで終わりだ。
釣りっていうのは待っている時間が長い。お陰で今日一日でもいろんな話をしたから、解散がちょっとだけ寂しくもある。
一二三の自宅近くまで送る道中、喋り通しだった一二三もさすがに疲れたか、一時黙り込んでシンジュクに近づく景色を見ていた。その空白にカーステレオで流していたラジオDJが古い曲名を紹介して音楽が流れ始める。

#アスファルト割って芽出す強気なflow
#見てろや俺ら圧倒的にgrow

冒頭のフックを聞いて振り向いた一二三がスイッチを入れなおしたみたいな明るい声で沈黙を解除する。
「懐かしいー!これ俺っち達が小五ン時流行ったんだぜ!」
「小五っつーと…俺まだ赤ちゃんじゃん」
「ジェネレーションギャップきっつ!」
二人はちょうど十歳の年の差があるが、一郎が年齢の割に落ち着いていて一二三が騒がしいお陰で表面上はそんなに差を感じさせない。でも昔見ていたテレビや音楽の話になると確実に年の差が出る。俺オジサンじゃん!と言う一二三は若者より元気だ。
笑いながら一二三は雑音混じりのラジオに合わせて手を宙で踊らせた。
「これさー、独歩とチョー替え歌してた。英語の単語テストでどうしてもyesterdayが出てこなくて」
思い出話の切れ目にちょうど再び訪れた冒頭と同じフック。その声に重ねて一二三が歌う。
『“明日”ならば知ってる、英語でtomorrow』
くっだらねぇ、と笑う一郎に向けて口元を緩ませ続ける。挟まる会話の分ラジオのメロディから外れても気にせずご機嫌で、右隣に指先を向けて。
『それから今日はありがとなBigBro!』
運転席のMC.BBはステアリングの上で右手の指を動かしながらすかさず、
『明日からもよろしくMC.GIGOLO』
返して同い年の子供みたいに笑いあう。
カーステレオはもう曲がフェードアウトして車メーカーのCMに移っていた。楽しいドライブもあと少しとカーナビが告げていた。

2018/07/29 文庫ページメーカーでアップ

◇山田 in セッ出ら部屋

私は神である。雨を降らすも虹をかけるも思いのまま。悠久の時を過ごすうちに退屈を拗らせた私は人類の創りし薄い本を読み、とある遊びを始めた。
それすなわち、“セックスしないと出られない部屋”である。
すでに何組かの人間を閉じ込めて観察したが、行動は様々。追い詰められた人類は誠に面白い。
今日閉じ込めたのはまだ十代の三兄弟である。全員男であり仲の良い兄弟、肉親。観察のし甲斐がある。
最初に目を覚ましたのは長男だった。何もない部屋で目覚めると弟たちを揺すり起こし、一つの壁に掲げられた無慈悲な脱出方法を読み上げて絶句する。
「……なんか聞いたことあんな」
「これはマジでヤんないと出られないパターンだよ兄ちゃん」
理解が早かった。一応ひととおり壁を調べてから再び三人寄り集まると、二人の弟たちはほぼ同じタイミングでそれぞれの上着を脱ぎ始めた。
「なんだお前ら」
「兄ちゃん、俺たちもう覚悟はできてるよ」
「心配はいりません、いち兄のためなら僕は何も怖くありませんから」
二人の決意に満ちた目が長男に集まった。が、この長男、これまでこの部屋に集めたどんな大人よりも正しかった。弟たちを両腕に抱きしめると二人の肩口で首を横に振る。
「そんなのダメだ。大事なお前たちに体張らせるわけにゃいかねぇ。諦めんじゃねぇ。三人で他の方法見つけて閉じ込めた犯人ブン殴ってやろうぜ!」
そう言われると、先程までセックスに前向きだった弟たちも一転して「犯人の思い通りにさせるか!」と拳を突き上げ始める。
しかしこれは神の創りし出口のない部屋だ。過去に社畜を閉じ込めた際にその友人が「飯もトイレもあるしここに居たら独歩会社行かなくてもいーんじゃねー?」と言い出し、危うく楽園扱いされかけたので今回は食糧の支給もやめた。
しばらく熱心に室内を調べて居た子供たちも徐々に疲れが出てくる。末っ子は膝を抱えて座り込み、壁を触ったり蹴りつけたりしていた次男は飽きてきたのか、何もない壁をリズミカルにノックした。
コンッコンッコンッコンッ。
すると、調べながらも二人の様子を気にかけて居た長男が不意に「Yo!」の一声から歌い出す。

『壁の中いつかくたばっちまう?
ドアない脱出はちょっとimpossible
Yo!待て俺ら不可能だって可能にし得る
壁とバース蹴っとばーす敵に迫り来る!』

弟たちは驚いてそっちを見つめ、先にニヤリと口元を緩めた次男が引き継いだ。

『出口見つかんなーい?
こんなのありえなくなーい?
だけど俺ら恐れなーい
壊しゃいんだ!アーイ?』

次はお前だ、と末っ子を指差せばさっきまでしょぼくれていた少年も高い声で四方を順に指差して、

『ドアなし、壁ダメ、床もきっと頑丈
これだけやってヒントないクソゲーの盤上
脱出ゲームならClick &Clickが通常
だからまだタッチしてないとこ、それは天井!』

最後に高らかに人差し指を天井に向けると二人の歓声が上がる。あっという間に元気を取り戻し、手元でリズムを取りながらライムを刻む。ここは“セックスしないと出られない部屋”改めイケブクロサイファー。
天井を調べて居ないことに気がついた三人は末っ子を肩車して何もない天井に届かせることにした。
壁に両手をついて立つ兄の肩の上に末っ子が立ち、天井に手を伸ばして、押す。
三兄弟の尊みに全面降伏した私はその頃には考えを改め、天井を金魚すくいのポイに貼ってある和紙ほどの強度に変更していたので、末っ子の手が高い天井をぶち破って青空が見えたのである。

2018/07/28 文庫ページメーカーでアップ

◇唐揚げ事変/さまじろ

一人前の唐揚げを食べ尽くした左馬刻が断りなくこっちの皿に手を出してくるから皿ごと逃した。箸先がテーブルを打つ。行儀が悪い。
「黙って取ろうとすんな!」
自分が悪いのは承知だから怒鳴らず不満げな目で見られる。いつもうるさいくせにこの人は時々自分の考えをうまく話せない子供みたいになる。それを優しく酌んでやりたい時もあるが、今は別だ。
「言いたいことあんなら口で言えよ。テメェラッパーだろうが!」
勿論、別にラップしろってわけじゃなく言葉が使えないわけじゃないだろうという言葉の綾だったが、箸を片手に持ったままもう片方の手で左馬刻はマイクを掴み出した。食事中にやり合おうってか。兄の教育により食事中の喧嘩は御法度だ。他のタイミングなら応戦するが。
躊躇ってこっちが準備しないことも構わず、スイッチは入れずに歌い始めた。

『お前の分よこせ、一つ皿に乗せ
ケチらず山ほど作れや唐揚げ
余りゃラップして、ストックして、ライム切って、ツマミに食うぜ、ありったけ』

電源オフのマイクに催眠効果はないが、俺は適切にダメージを受け、自分の皿を差し出した。片手にマイクを握ったまま勝利への満足を鼻息で表明し、左馬刻は追加の唐揚げに箸を伸ばしたのだった。

2018/07/27 文庫ページメーカーでアップ