「極似・天才ラッパー三兄弟を略」/さまじろ/5661

※付き合ってる前提です

 最低な男だってのは最初からわかってた。だけど兄ちゃんの宿敵としてじゃなく、一人の人間として出会って過ごすうちに憧れや、放っておけないような気持ちが芽生えてきて、定期的に部屋に通うようになった。
 面倒な男だし、兄ちゃんが一番大事なのは今も変わらない。特別に感じてはいるけど、正直自分の選択が間違ってるんじゃないかと思った日も一度や二度じゃない。
 そう、その何度目かが今日だ。まさに今。
 面白いものがあると言ってローテーブルに投げ出された紙袋を顎で示され、仕草で促されるままに中身を取り出した。それは三枚のDVDだった。それぞれジャケットに見覚えのある服装、髪型をした三人の男が並んでいる。内一枚は特になじみ深い赤のスタジャンにヘッドフォンの男と、青のスカジャンにキャップを被ったタレ目の男と、学ランの中に黄色のパーカーを着たやや幼い顔立ちの男。
 その三人を取り巻くようにして配置されたタイトルはこうだ。
「極似・天才ラッパー三兄弟を奴隷にしてみた」
 裏を返せば内容抜粋カットが並んでいる。サングラスをした竿役とマイクを持って睨み合うシーンや竿役に転がされて下半身を露出したシーン、全裸になっているシーンに至っては誰に極似かもわからない。
 他の二枚は“激似・シンジュク夜の診察、禁断の接待”と“おにーさんたち!ボクたちと遊ぼ!シブ〇ラッパー激似”とのことだ。
「いや似てねぇし」
 パッケージをテーブルに叩きつけた。クソ野郎はソファでゲラゲラ笑っている。こんなに爆笑してるところ初めて見た。笑いすぎて手元の煙草から灰が落ちそうだ。そのまま膝にでも火を落としてしまえ。
「ハァ?マジないわ。これ売ってんの?マジで?あり得なくね?つか、ちゃっかりハマのヤツねぇしよ」
「ウチの系列の会社だからな。ンなもんは企画段階で差し止めに決まってんだろ」
「そういうこと出来ンなら全部差し止めろや!この最低男!ろくでなし!」
 言いたい放題だが予想済みなんだろう。むしろ俺が騒ぐところまでが予定していた娯楽なのかもしれない。マジ無理。役者は何歳だかは知らないが、うちの弟はまだ中学生だぞ。
「安心しろや。一応まだ発売前だ。完成品のチェックさせろつって引っ張ってきてやったんだよ」
「チェックなんかいらねぇだろこのチンカス野郎」
「こういうのはパッケージは加工で似せてても中身はさっぱり似てねぇってこともあるからな」
「似てなくたってこの売り文句がもうアウトだろ!似てなきゃセーフだっつーならヨコハマ激似DVDも出せや!」
「今回の出来次第で考えてやんよ。おら、製品チェック付き合えよ」
 嘘だ。出来がどうとかって問題じゃない。なのに詰め寄る俺の腹に腕を巻き付けソファに引っ張り上げると煙草を灰皿に放り出してリモコンを取った。待て待て待て、もうデッキにディスク入れてあるのか。こんな時ばっかり準備が良すぎる。
 左馬刻がリモコンでちょちょっとデッキを操作するとソファ真正面の無駄にデカいテレビモニタにビデオメーカーのロゴが表示され、うちの兄弟には全く似ていないそっくりさんとサングラスで顔を隠したオッサンによる茶番劇が始まった。
 筋書きとしてはこうだ。
 違法マイクを持った暴漢たちに襲われ催淫効果のある精神干渉ラップに屈した三兄弟、
「屈しねぇし!五百歩譲ってそんなド変態マイクがあったとしてもこんな小学生以下のクッソクッソクッソラップでヤられるとかありえねぇから!!」
 モブですという顔をした竿役が謎のビルの廊下で兄弟を取り囲んでラップ責めするシーンで思わずツッコむ。竿役の説明セリフによると、淫語を使えば使う程精神干渉の効果が強くなるんだそうだ。
「韻と淫でかけてんだな」
 あまりのくだらなさに左馬刻だって早くも飽きて新しい煙草を摘まみだした。片手はずっと俺の腹のあたりを抱いていて塞がってる。どうするのかと思ったら当たり前のような顔で「気が利かねぇな」と言われて怒りながらジッポを掴んで煙草の先に点けてやった。ついでに前髪まで焦げろ。
 竿役によるクソ淫語ラップに対抗して三兄弟も順にラップをする。ご丁寧にマイクはそれぞれのヒプノシスマイクに似せたデザインだった。流石に変形するギミックはなく最初から三色にカラーリングされたものだ。
 だが、まだ若い三兄弟はエロに精通した竿役おじさんたちの淫語ラップには敵わず、
「クッッッッソ!!俺らの物真似すんならもっと気合入れろやぁぁぁ!!」
「このリリックは男優が自分で書いたんだとよ」
「そんなこだわりは要らねぇんだよ!!つかコイツらど下手くそじゃねぇか!もっとマシなラッパー連れて来いっつんだよ!!」
 竿役の方がマシなライミングとクセのある耳に残るフロウ。対する三兄弟の冴えないラップ。左馬刻は笑っているがこっちは殺意しか沸かない。似ててもムカつくが似てなくてもムカつく。
 展開の都合を抜きにしてもこの限界低レベルラップバトルは竿役の勝ちだ。エロ以前にわけのわからないオッサンのエロラップに負けるという屈辱。改めてヨコハマだけ企画を潰した男が恨めしい。
 だがメインはやっぱりエロ。さっさと謎の部屋に連れ込まれて精神干渉により抵抗できない兄弟達が一人ずつ布団の上で辱めを受ける。
 完全に脱がされてしまえばいっそモデルとなった人物がいることも忘れられそうなのに、序盤は上着だけ剥ぎ取られてめくったシャツの下や前を乱された下着の上から玩具を当てられる段取りになっている。
 長男役なんか兄ちゃんよりシンジュクのリーマンの方が似てるんじゃないかってぐらい似てないし、三男役はとにかくアイドル系の童顔を連れてきましたって配役。次男は、
「タレ目以外ホンモノと似てるとこが一個もねぇな」
 というレベルだ。だとしても服はそれなりの再現率だし、下手な演技でも長男役が弟たちを励ましたりしてるのを聞いていると堪らない。腕の中で暴れるのをやめて真面目に頼み込む。
「これマジで最後まで見んの?」
「ンな嫌かよ」
「当たり前だろ!つーかそれテメェが言うなよ!……せめて兄ちゃ……この兄貴と弟のとこ飛ばして真ん中のヤツだけのとこで勘弁しろよ」
 この男、悪趣味な下衆だけど真面目に言うと多少は譲歩してくれる。しなかったらぶん殴って拘束を解いてデッキごと壊して帰るが、今回は素直にリモコンを掴んでチャプターを進めてくれた。最初から悪いのは左馬刻だから感謝なんかしないけど。
 最終的には兄弟同士の絡みに至るらしいが、中盤は一人ずつ竿役二人を相手に責められたり奉仕したりする。チャプター二つ分ほど飛ばしたらもう下着も残っていなかった。
 長めの髪をオッサンに掴まれたタレ目の男が足を開かされながら胸をしゃぶられている。男と寝ている身で思うのもなんだけど、世の中にはこうしたエロい目で俺らを見ている人間もいるんだと思うといい気はしない。
 っつーか、左馬刻はどういう神経でこれを見てるんだ。本物じゃなくても腹を立てたりしないんだろうか。してくれないんだろうか。企画時点で把握していたのに放置して撮らせたんだから構わないんだろうな。
 AVを見てる最中だが、なんだか落ち込んできた。相手にモラルを求めるのはとっくの昔にやめたつもりだったが、まだいくらか一般的な感覚を期待していたらしい。
 骨の髄まで下衆な男はビデオのチェックなんて言っていたくせにシャツの裾から突っ込んだ手で腹を撫でまわしている。飽きたなら止めりゃいいのに。
 画面の中でやっていることとは違うけど、慣れた指先が明確な目的をもってへそを擽り、胸を掠めてそこがぷっくりと硬くなるのを確かめてから下半身に移動する。
 ああ、今日の目的はただのいやがせじゃなくてこっちだ。いずれにせよ趣味が悪い。
「文句垂れるクセにしかり勃ってんじゃねぇか」
 耳元で笑う。その低い声や耳殻にかかる吐息に煽られるところまで、この男の思う壷だ。でも、だって、我慢しようとしたって下半身に血が集まるのをコントロールなんかできない。
「……アレのせいじゃねぇよ、クソッ」
 直に触られるとそっちの方が気になって映像が頭に入ってこない。ただ直前まで見えていた、撮影用に足を広げて体をまさぐられる男優の姿とか、自分がされるときには改めて見ることのない、尻にちんぽが埋まっていくところだとかが脳裏にチラつく。
 もう誰も見ていないのに映像は流れ続け、耳元に触れていた唇が離れると自分の声とも似つかない男優の矯正が耳に届く。
 ネタとしても無理があるビデオ鑑賞よりまがりなりにも好意のある男と抱き合う方がよっぽど楽だったから、俺はさっさとこの身を差し出した。性質の悪い余興がなければ別に最初からそういうつもりだ。
 余計なことは言わずに普通に誘ってくれればいいのに。
「再現率の低いビデオだよなぁ」
「何が」
「あんな胸ばっか弄り倒してたらすぐに焦れて強請ってくんだろ、ホンモノのブクロの次男坊は」
「うっせぇよ!」
 口を開けばすぐこれだ。
「それにこれ撮ったヤツは全く何もわかっちゃいねぇ。コスプレもので全裸にする奴は何やってもダメと相場は決まってるが」
 絡みついていた体から解放され、左馬刻が自分の手でベルトを外す。下から突き上げられた下着の中から掴みだされたものを軽く扱く仕草で何を要求されているかわかって素直にソファを降りた。
 左馬刻はビデオの内容をなぞろうとして促したんじゃないんだろうが、ちょうどフェラチオシーンがあったのを思い出してしまうのは仕方のないことだ。唇を舐めて軽く湿らせると口の中で唾液を溜めながらキスをして、舌先で先端を味見してから咥え込む。根元まで含もうとするとしんどいから途中で止めて唾液を絡ませ頭を上下させる。ビデオで見たように。
 だけど何往復かしたところで前髪を掴んでストップをかけられた。
「お前もわかってねぇな。しゃぶると顔が見えねぇつったろ」
 口から引き抜かれたちんぽを口の端に押し付けられて身勝手さに腹を立てつつ舌を出す。見られながら舐めるのも居たたまれないけど顔を見ながらヤリたいと言われると、ちょっと弱い。容姿だろうがなんだろうが、ちゃんと好かれてる気がする。
 両手で支えて下から上まで丁寧に繰り返していると背後のテレビのスピーカーから流れ続けていたそっくりさんの声が徐々に興奮を増してくる。画面を見なくても大体どういうことになっているか想像がついた。演技っぽいな、と思うものの、最中の自分の声なんか自分では憶えていないから意外とこんなものなのかもしれない。
 AVと違って催淫マイクで洗脳されているわけでもないからちんぽを舐めているだけでどうしようもなく興奮するってわけじゃないからスピーカーからの音がやけに耳についた。
 こんな刺激では左馬刻は声なんか漏らさないから室内には男優のべったべたな喘ぎだけが響いていた。それが途中でぶっつりと途切れ、顔を上げた。
 見るとリモコンでテレビの電源ごとDVDの再生を止めたようだ。真っ暗な画面を振り向いたシャツの襟を引っ張られてソファの上に膝で乗り上げる。
「やっとかよ」
「うっせ。生意気言ってねぇでアレよりエロい声出せや」
 他人の声じゃ気が乗らなかったかと思うと笑えてきて、素直に顔に出したら報復として勃起したままのちんぽの鈴口を指先で抉られた。人のことを生意気だなんだ言うクセにやることがガキだ。
 最初から素直にホンモノだけ見て抱いてくれりゃいいのに。

 ソファから風呂、風呂からベッドに移動して気が付いたら朝だった。
 思い出してDVDをデッキのディスクトレイまで探したが、ディスクもパッケージも、紙袋まで片付けられて回収は叶わなかった。
 左馬刻を問いただしても鼻で笑って教えてくれないし、一本だけぶち割ったところでどうにもならない。いつ売られるのか気になって主要なアダルトビデオの通販サイトやアダルト動画サイトを定期チェックする虚しい日々が続いた。
 こういった商品が完成してから発売するまでどれぐらいの期間を要するのか。一ヶ月過ぎても全くネットの情報が拾えない。
 俺が予想できないルートですでに出回っているんだろうか。この手の情報に詳しいヤツにも確認すべきか、でもゲイビデオに興味があると思われたくはないし。という葛藤で悶々としていたところ。
 所用で飴村乱数に会いに出かけていた兄が静かに怒りながら帰ってきた。帰宅して一番に三郎がどうしたのか尋ねたが、大丈夫だの一点張りで話してくれない。
 三郎は兄ちゃんに早く寝るよう言われたら逆らう選択肢もなく、心配顔のまま部屋に引っ込んだ。
 俺も同じように引き下がるべきかと悩んでいるとダイニングテーブルの天板を指で叩いて呼び寄せられる。
「二郎、お前……最近、その……シブヤの連中から、いや、アイツから何か聞いたか?」
 アイツってのは、名前を口にしないあたりでお察しだ。左馬刻との付き合いははっきり打ち明けたことはないものの、ある程度は黙認されている。泊りで会いに行くことも多いし隠し通せるもんじゃない。
 定期的にヨコハマに通っているから色々と話はするし、何のことかと悩んで数秒で思い至った。
「それって、……ビデオの話?」
 男前の兄ちゃんが瞬間的に目を見開いて、それからすぐに険しい表情で顎を引く。飴村乱数から話を聞いたってことは裏で手を回して発売を阻止したのは乱数なんだろう。
「……お前知ってたのか」
「ち、ちょっとだけ……」
「見たのか?」
「ないよ!ない!」
 全力で首と両手を振って否定したものの、信じてもらえたかは分からない。兄ちゃんは真偽を深く追求するつもりもない。
 深いため息とともに拳を固めてドスの利いた呟きが吐き出された。
「あの下衆野郎、今度の今度こそ許さねぇ」
 応援してるよ兄ちゃん。心の底から。
 例のDVDの存在を知ったその瞬間にきっちりあの男の息の根を止めることができなかった俺はその念を口に出すのが躊躇われ、心の中でエールを送るばかりだ。