※明言していませんがさまじろ交際が前提にあります。
弟と二人で帰宅すると家の奥から野菜を炒めるような匂いがした。
台所の戸口から金色の髪を揺らしてダイニングチェアにかけておいた俺のエプロンを身に着けた一二三が顔を出す。留守番を頼んでいたが、昼が近かったせいか昼食も作ってくれたらしい。この家の住人みたいな馴染みっぷりだが、四年も兄弟だけで暮らした家で他人に出迎えられるのは変な感じでもある。
「おっかえりー。さっき依頼人の人来て荷物引き取ってったぜ。そっちは?」
「サンキュな。無事見送ってきたよ」
上着と荷物をリビングに置きに行く。そう広い家じゃないから部屋と部屋の戸を開け放つとリビングと台所の間でも会話ができる。「飯はもうちょい」とのことで一二三は台所に戻った。
愛用のキャップだけ脱いだ二郎がソファの端に深く腰を下ろした。
「三郎のヤツ、あっという間にホームシックになりそうなラしてたけどな」
わざと馬鹿にしたような言い方に台所で一二三が笑う。
「じろちんもしょっちゅう帰ってきてるしねー」
「うっせ、俺は半別居なんだよ!半分はこの家に住んでンの!」
ソファの背もたれ越しに叫んだ言葉通り、大体週の半分をこの家で過ごし、残りはイケブクロディビジョンとヨコハマディビジョンの境界付近に購入したパートナーとの新居で寝起きしている。新居にまるきり引っ越しても構わなかったが、俺と二人で営んでいる萬屋は朝が早いこともある。それに、急に家からいなくなると三郎が寂しがるとか、パートナーと喧嘩が絶えないという理由もあって本人が二つの家を往復すると決めた。
「二郎、威張る事じゃねぇだろ。お前もいつか完全に自立するときがくるんだからな」
「うん……」
寂しがるのはどちらだか。尻下がりの眉を更に下げた。
二郎は一年前にこの家を半分だけ出て行ったが、三郎は今日から帰ってこない。留学先は海の向こうだ。気軽に帰っては来れない。俺も寂しいが、児童保護施設にいた頃もずっと三郎の面倒を見続けていた二郎は尚更かもしれない。
まあ、俺はずっとこの家にいる。俺の代で購入した数年しか暮らしていない家だとしても、ここが弟たちの実家だからだ。いつでも帰ってくればいい。
俯いた頭を撫でてやろうとすると二郎の携帯が鳴って手を退いた。
「はい、俺。……なんだようっせぇな、前から今日は実家だって言ってただろ。曜日とか予約とか知るかよ!…………見送りは終わって帰ってきたとこだけど……あーハイハイ。仕方ねぇな。うん、じゃあ三十分後な」
遠慮のない喋りで電話の相手がわかる。この家から次男坊を奪った張本人だ。
気まずそうな目で見上げた二郎に苦笑する。今の二郎にとっては俺たちだけが家族じゃないから引け目なんか感じなくてもいいのに。
「あっちに帰るのか?」
「うん、ごめんよ兄ちゃん。なかなか予約とれな飯屋の予約取れたから来いとか勝手言いやがってさ」
さっきまで八の字だった眉を吊り上げて頬を膨らませる。でも嫌じゃないのが見てわかる。
「店に迷惑かけちゃいけねぇからな、遅れないよう行けよ」
「うん、じゃあ行ってきます」
キャップを被り直すと今帰ったばかりの格好でまた出かけて行った。どうせ二郎は明日また仕事で顔を合わせるし夜遅くなればこちらに泊っていく。だけど、三郎を見送った後だからか、玄関扉が閉まる音がやけに大きく聞こえた。テリトリーバトルが開催されていたあの頃は玄関に三足投げ出されていたスニーカーも、今は俺のものだけだ。
「そんじゃ俺らも飯食お」
香ばしいソースの匂いを引き連れてやってきた一二三が玄関まで迎えに来て肩に手を置いた。
「はい」
振り向くと炊事で冷えた指が遠慮なしに頬を摘まむ。
「そんな寂しそうな顔すんなよー」
「顔に出てますか」
「ちょー寂しそう」
そんなつもりはなかったのに。弟に比べれば顔に出ない方だ。いつからだろう。三郎を見送った時には不安にさせないよう、いつも通りに振舞ったはずだけど。
「参ったな。弟の前じゃそういうの見せないようにって決めてたんすけど」
「大丈夫だよ。じろちんが行くまではちゃんとお兄ちゃんの顔してたよ」
「なら良かった」
「ほら、メシメシ。今日は肉野菜たっぷりの焼きそばだぜ」
昼食は二郎が食べて行かなかった分にラップをして夕飯の足しにする。夜を迎える前に一二三は早めにシンジュクへと帰る。仕事の前に彼の同居人の夕飯を用意しておくのが習慣だ。
明日の仕事の準備と風呂と深夜アニメの視聴。そして一人で座るには広すぎるソファで目を閉じた。